見出し画像

390ページの学術書を初心者に完読させた文章のコツ、大解剖!~「手放してはいけない本」ぱーとⅡ を添えて~ 【読書レポート】その①

全390ページ。氷室冴子の著作も業績も全くと言っていいほど無知だったのに、読めば読むほど引き込まれました。それはなぜか。今回読んだ、嵯峨景子著『氷室冴子とその時代』は、「学術書は難しいもの」という定義を覆すような、画期的な本でした。

この記事では、まず初めに本書が「読みやすかった」理由の考察と、本書を読んで改めて感じた「手放してはいけない本」の2つのテーマを順に追っていこうと思います。

難しいのは内容のせいじゃない

テーマについての知識が乏しくても読者を離さない本書の秘密は、時系列の確認を何度も繰り返していたこと、そして、重要事項(本書の場合は氷室の作品名など)を略さず毎回丁寧に述べていたことです。

本書はタイトルの通り、氷室冴子の人生と作品、ひいては彼女が生きた時代に焦点を当てています。時代背景の説明から作品の考察、豊富な引用や表など盛りだくさんな内容です。それなのに混乱せずに読み進められたのは、話題が変わるごとに情報が整理されていたから。例えば、時代背景の説明のあとにその時期に書かれた作品についての考察と続き、そのあとにまた時代背景の話に戻っても、前に話していたことなんて忘れていますよね。ぼんやり覚えていても、時系列として繋がらないわけです。そこを本書の著者は「今まではこういう時代で、この時期に氷室はこういう作品を発表した。これからは……」と、毎回丁寧にまとめてくれていました。そのため、躓くことなく最後まで読み進められたのです。

また「はじめに」で著者があらかじめ「時代性を確認しつつ考察を深めるため、刊行年や出来事を繰り返し述べることがあることも、ご了承いただきたい」と書いているように、本書では何度も同じ固有名詞が登場しました。たとえば作品の考察をする際、「本作品では……」のようにタイトルを濁さず、毎回きちんと作品タイトルを述べていたのです。たくさんの氷室作品を紹介したり、時には複数の作品を比較したりする本書の性質上、固有名詞の反復は大正解でした。

もっと分かりやすくするために、例をあげましょう。みなさんは、歴史書を読んだことはありますか?たいていの歴史書は本書と似て、たくさんの人物や出来事が登場し、ページとともにどんどん時代が進んでいきます。それなのに、何かの説明の時に「同年」や「彼は~」「その事件は~」などと書かれていることが多いのです。これらの単語が示すものが出てきたのは随分前、ということも珍しくないので「今、何の話をしているんですか?」という状態に陥ることがよくあります。

話を戻しますと、本書『氷室冴子とその時代』で、著者は同じ単語を繰り返し述べることを断っています。しかし、私は読んでいてしつこいと感じませんでした。書き手は自分の主張が分かったうえで書いていますが、読み手は書き手の事情など分からないのです。何か書くときは、少ししつこいと思う程度の解説を入れるのがいいのかもしれませんね。

分かりやすい文章を書くコツについては、以前にも記事にしています。興味のある方はぜひご覧ください。

やっぱり小説は手放してはいけない

ここからは、「手放してはいけない本」ぱーとⅡ、として「やっぱり小説は手放してはいけない」というお話をします。

(この記事とは直接関係していませんが、「ぱーとⅠ」に当たる記事もありますので、よろしければご覧ください。)

さて、氷室冴子の小説は、雑誌『小説ジュニア』のち『Cobalt』に掲載された後に単行本化、そして後年の新装版と、何度も形を変えて世に出ています。

復刻版・氷室作品の特徴は「復刻のたびにストーリーに変更が加わる」ことです。

変更された主な理由は、以下の3つでした。

①時代に合わない表現(『雑居時代』に出てくる同性愛についての発言など)
②古くなってしまった表現(『なんて素敵にジャパネスク』に出てくる「ナウいコピー」など)
③氷室個人の希望による内容の大幅な変更(「海がきこえる」におけるキスシーンの削除や元カレへの対応方法など)

②でも、長く作品を愛しているファンにとっては、作品の雰囲気が変わってしまう事件のような気がします。しかし③の例だと、物語の展開自体が大きく変更されていますね。

氷室自身は同じく②の理由でリライトされた『クララ白書』について、「今の作品として読んでいただきたくて、あえて手を入れました」と述べています。作者である氷室の願いが「今の作品として読んでもらう」ことなら、①の理由も②の理由も、意味のあるリライトといえるかもしれません。しかし、リライトされることによって作品がもっと面白くなったとしても、古くからのファンにとっては思い入れのある表現、思い出のある展開などがありますよね。

お気に入りの小説が、永遠に読めるとは限らないのです。読者目線に立った意見としては、やはり小説は手放さないほうがいいな、ということを再確認したエピソードでした。

余談ですが、記事タイトルの「「手放してはいけない本」ぱーとⅡ」は、氷室作品『クララ白書ぱーとⅡ』をもじったものです。気づいた方、いらっしゃいますか?^^

まとめ

今回の【ブックレポート】その①では、「読みやすい文章の秘密」「小説は手放してはいけない」という2つの内容をお送りしました。

今後もし本を読んでいて、「自分のよく知っている分野なのに内容がいまいち分からない……」なんて事態があっても、どうかめげないでください。あなたの理解が足りないのではなく、書き手の配慮不足が理由かもしれません。そして、学術書でも分かりやすいものはあるという今回の例を忘れずに、自分に合った読みやすい本を見つける旅をしてみてくださいね。学術書アレルギーになるのは、まだ早いです!

そして、リライトにも作者の思いが込められているということ。リライトは敵ではありませんが、ファンとしてはもどかしいところ。私の提案する妥協案は、小説は絶対手放さず、リライト版が出たらそれを購入して古い版との違いを楽しむという方法です。あなたの思い出と作家の気持ちの両方を大切にできる解決策だと思いますが、いかがでしょうか。

さて、その②では「時を経ても色あせない、氷室冴子の人生を通した主張」です。本書に掲載されていたインタビューなどの氷室自身の声は、氷室の死後10年以上経った現代の状況をも映し出しています。お楽しみに!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

━━━━━━━━━━━━━━━
☆今回読んだ本
嵯峨景子『氷室冴子とその時代』小鳥遊書房、2019年

○この本がオススメな人
・「少女小説」というワードにピンと来る人
・近現代の女流文学に興味がある人
・1980年代周辺の文化に興味がある人。この時代の雰囲気を味わいたい人
・1980年代周辺の小説・少女マンガに興味がある人(作品タイトルが沢山出てくるので、調査にもオススメ)
・氷室冴子のファン、氷室冴子について深く知りたい人



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?