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坂の上のつくも|epSS「アナタニサマ」|ショートショート|



 それは雪の降る寒さの厳しい夜のことでした。
 一人の青年が、仕事を終えた帰り道を急いでいると、薄暗い路地に子供が立っているのを見つけました。

―――こんな時間にどうしたんだろう。

 迷子なのか、家出なのか…。
 心配した青年は、子供に声をかけました。

「きみ、どうしたの?家の人が心配してないかい?」

 子供は、青年を見上げて言いました。

「…あなたに」

 その手には、一冊の本が。
 青年は言いました。

「その本が、どうかしたのかい?」

 子供は、再び「あなたに」と言うと、青年へ本を差し出しました。

「この本を、くれるのかい?」

 青年は、ありがとうと言って本を受け取ると、本のタイトルを声に出して読んでみました。
 聞いたことのないタイトルのその本は、青年の興味をとても引きました。

「おもしろそうな本だね。君の本なのかい?」

 青年は、表紙をめくって、目次に目を通し、1ページ目を開きました。
 そして、なんの気なしに1行目に目を通すと、不思議なことに、その本から目を離せなくなりました。

「すごくおもしろい本だね」

 青年は言いましたが、子供は何も言いません。
 青年は、その本の面白さに夢中になり、外で、しかも雪が降っていることも気にしないまま本を読み続けてしまいました。
 いつの間にか、目の前から子供が消えてしまっても、青年は気づかず、ついには、雪の上に座り込んで、本を読み続けてしまいました。
 
 朝になり、近所のタバコ屋のおじさんが通りかかりました。
 おじさんは、本を持ったまま、雪に埋もれ、眠ったかのように座り込んでいる青年を見つけてびっくりしました。

「た、た、たいへんだ!おい、あんた!生きてるか!」

 青年は、凍って死んでいました。
 しかし、その顔は、とても満足そうに微笑んでいるのでした。

 📘

「うーん、そんな話聞いたことないよね」

 それは、長くここにあるミズハでさえも初めて聞く話だった。
 水天宮の社殿に遊びに来たスハラは、ミズハへ町内会の会合で聞いた話を語った。
 都市伝説のような、昔話のような、奇妙で不思議な話。

「私も初めて聞いたけど、知ってる人は知っているみたいな話らしくて」

 この話を知っていたという近所の人や商店街の店主の名前を挙げながら、スハラは続ける。

「幽霊なのか、妖怪なのか、精霊みたいなものなのか、みんなわからないとは言うんだよね」

 『あなたに』と言って本を差し出すだけのもの。
 だけれども、本を渡された人は、その面白さに夢中になってしまい、その場で凍死してしまうという。
 それが、悪いものなのか、いいものなのか、よくわからない。

「でも、それって冬の話なんでしょ?」

 ミズハの疑問はもっともだ。暑い夏の今に、なぜその話が出てくるのだろう。

「夏は、図書館の地下で本を探してるって話らしいよ」

 スハラは、これも会長が言ってたんだけどねと付け加えた。

「昔話によくある、何かの教訓みたいな話なのかなぁ。でもまあいいや。暑いし、うちに行こう?」


 スハラとミズハが、クーラーのきいた部屋で涼んでいると、テンとスイが夏の暑さをまとって勢いよく帰ってきた。

「スハラー!本読んで!」

 スイがくわえていた一冊の本を、スハラに差し出す。
 スハラは受け取った本を眺めると、疑問を口にした。

「見たことないタイトルの本ね。これ、どうしたの?」
「「もらった!」」

 テンとスイが同時に答える。だけど、まったく状況がわからない。

「えぇと、順番に話してもらえるかしら」

 ミズハに促されて、テンとスイは「なんかわかんないんだけどね!」と説明を始めた。

「われら、図書館に行ったの。そしたらね、帰りに本を持って立ってる人がいて、知ってる人かなーと思って近づいたの!そしたら、知らない人だったけど、なんか見たことある人だったの!でね、何してるの?って声掛けたら「あなたに」ってこの本くれたんだ!」

「それで、この本、なんかすごく気になったんだけど、われら字読めないから、ありがとうってお礼だけ言って持って帰ってきた」

 スイとテンの説明は、どこかで聞いたような話。
スハラとミズハは、思わず顔を見合わせて、息をのんだ。
 スイもテンも元気そうで、特に問題はなさそうだ。だが、受け取ったこの本は?大丈夫なのか?

「…えっと、二人ともどこか具合悪いとかない?」

 スハラが恐る恐る聞いてみるが、やはり「なんともないよ!」と元気な返事が返ってくる。

「なんともないなら、…いいのかな」

 ミズハはそうつぶやくと、クーラーのせいなのか、ふっと寒気を感じて、窓の外に目を向けた。
夏の日差しの下に、一瞬、人のような影が見えたのはきっと気のせいだろう。

 
 1時間と少し前。図書館の前で、テンとスイは人影を見つけた。
 どこかで会ったようなその人は、子供のような大きさで、なぜか体に比べて頭が少し大きかった。
 そして、夏なのに、けむくじゃらの服を着ていた。

「きみ、何してるの?」

 テンの問いかけに、その人は、顔を上げた。
 大きな目は、何を映しているのかわからない暗い輝きを灯していた。

『…あなたに』

 おもむろに差し出された手には、一冊の本。
 くれるの?と躊躇せず受け取ったスイは、ぱらぱらとページをめくる。

「ひゃく…とし、の、きつね…?むー、われ、読めない」
「そうだ、スハラに読んでもらおう」

 テンは、くるっと後ろを向き、その人に背を向けると走って行ってしまった。

「あの、これ、ありがとう。じゃあね」

 スイは、その人にお礼を言うと、急いでテンの後を追いかけて走り去った。
 2匹が去った後、その人はどこを見るでもなく、しばらくその場にたたずんでいたが、次第にその姿は景色に溶け、ついには跡形もなく消えていった。



アナタニサマについてはこちらから



※エピソード一覧

・第1部
ep1「鈴の行方
ep2「星に願いを
ep3「スカイ・ハイ
ep4「歪んだココロ
ep5「ねじれたモノ
ep6「水の衣
ep7「嵐の前の静けさ
ep8「諦めと決意
ep9「囚われの君へ

・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン
ep2「高嶺の花

・サイドストーリー(ショートショート)
epSS「雪あかり
epSS「消防犬ぶん公
epSS「雪あかりの路2023
epSS「アナタニサマ」←今回のお話

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