坂の上のつくも|ep2「星に願いを」
君には、「大切にしているモノ」って何かあるかな?
ミニカーとか人形のような小さいころから持っているおもちゃだったり、腕時計とかアクセサリーみたいな身につけるものだったり、車とか家が大切だっていう人もいるよな。
いや、モノに限らず、家族や友人ってのもあるよな。
きっと誰にでも、そういう何か大切にしてるものがあると思うんだ。
でも、それはいつまであるかわからない。失くしてから、その大切さに気付くことだってあると思う。
だから、今あるそれらは、きっと大切にしたほうがいいんだ。
episode2 星に願いを「嵐の前の?」
今年はいつもより暑いなーなんて、去年と同じことを考えた夏も無事に終わって、気づいたら短い秋も過ぎて、雪が積もっていた。
12月。冬。
ニュースは、真冬並みの寒波に注意なんて言ってるけど、寒波が来なくたって冬は寒い。
俺は、テレビから流れる龍宮神社で流星刀がストライキを起こしたって言うアナウンサーのちょっと深刻そうな顔を眺めながら、窓が曇るくらいにストーブをつけた部屋で、いつからか住み着いている猫のレンと一緒に暖まりながらアイスをかじっていた。
「今週は平和だなー」
先週までは、落ち葉拾いとか庭木の雪囲いとか便利屋への依頼が多かったけど、寒くなってからはめっきり仕事の依頼は少なくなった。
もうちょっと雪が積もるようになれば、きっと除雪の依頼が入るだろうけど、それまでは束の間の開店休業だ。
今、街では寒波くらいしか話題がない。そういえば、10月にはちょっと大きな事件があった。
事件というかニュース。
『北海製罐第3倉庫の今年度内の取り壊しを検討』
街のシンボルの一つでもあるから、壊すとか壊さないとか騒ぎになって、一部の市民が残すための活動を始めて、市にお願いした結果、取り壊しまで1年の延長が決まっている。
スハラたちは、同じ歴史的建造物としていろいろ考えてるらしいけど、今どんな話になっているのか、俺は聞いていない。
一応、俺も何かできればと思ってるんだけど、スハラからはまだ手伝うことはないと言われてしまった。
ちなみに、北海製罐もヒトの形をとっている。ただ、俺は会ったことはない。そして、そのニュース以来、姿を見かけたという話も聞いていない。
テレビでは、ニュースが終わってCMが入る。年末恒例のくじの販売を宣伝する声はずいぶんと威勢がいい。俺は、なんとなく面白くなくて、適当にチャンネルを変える。
特に興味を惹くものもなくてぼんやりしていると、急に冷たい空気が部屋に流れてきた。
何だろうとドアへ顔を向けると、そこには不機嫌な顔で立っているヒトがいた。
episode2 星に願いを 「意外な訪問」
「サワさん、…どうしたんですか?」
声をかけると、いつ訪れたのかわからないサワさんは眉間にしわを寄せたまま、部屋を見回して、軽く息をつく。
「…スハラは、いないんだな」
もともと笑ってるところとか見たことないけど、いつも以上に不機嫌な顔をしたサワさんは、無言のまま俺に近づいてくる。いや、ちょっと怖いんだけど。
そして、無言のまま、机の上に何かをバラバラと置いた。
「…えっと、これは?」
宝箱みたいにふたのついた小さな箱と、バラバラになった何かの機械。
箱は薄い碧色で、真ん中に宝石を模した赤いガラスがはめ込まれている。
サワさんのものにしてはかわいらしすぎるそれは、おそらく、というか絶対、壊れている。
「これ、どうしたんスか?」
「…壊れた。直せるか?」
いやいやいや、いくら便利屋をやってても、さすがにこれは直せない。ていうか、これがもともと何なのかもわからない。
とりあえず、サワさんのものじゃないですよねと聞くと、不機嫌な声はオルガのものだと短く答える。
「オルガのもの、壊したんですか…?」
ていうか、これ何ですかと聞くと、少しの沈黙のあと、ぶっきらぼうな声が小さく聞こえた。
「…オルゴール」
「へ?」
「だから、オルゴールだって言ってんだよ」
不機嫌を前面に出したその声は、俺に言うと同時に、サワさん自身にも向けられているようだ。
鋭い声に、俺が思わず固まっていると、サワさんは小さく舌打ちしてから、トーンを落として話し出した。
「ちょっと棚にぶつかったら、弾みで落ちたんだ。だから、直そうと思ったんだけど、俺じゃできなかった」
だから、ここに来たと、ちょっとバツが悪そうな顔をして、サワさんはうつむく。
「オルガに…壊したこと言ったんですか?」
「…いや、言ってない」
俺は、自分には直せないし、素直に謝ったほうがいいんじゃないかと提案してみるけれど、サワさんは首を横に振る。
「…あいつが大切にしていたものだ。壊したなんて言い出せない」
意外と弱気なことを言うサワさんに、直せない以上、俺も何を言っていいのかわからない。
バラバラになったオルゴールだったものを見つめながら、二人で沈黙していると、玄関の開く音がした。
episode2 星に願いを 「スハラの助言」
「ただいまー」
帰宅を告げるスハラの明るい声。
賑やかな気配をまとって部屋に現れたスハラは、暗い顔をして沈黙する男2人を見て、笑い出す。
「あんたたち、暗い顔して何してんの?」
あっけらかんとしたスハラに、サワさんは鋭い目を向けて、盛大に舌打ちをしている。俺はその光景に、サワさんがキレるんじゃないかとはらはらしてしまう。
「サワ、さっきオルガが探していたよ。帰ったほうがいいんじゃない?」
スハラから投げられた言葉は、サワさんの地雷だった。サワさんは、見たことがないような怖い目をしてスハラを睨みつけるが、スハラは全く意に介せず、机の上のバラバラになったものを見つけて言葉を続ける。
「それ、オルゴール?壊れてんだね。」
さすがにそれは直せないなーと軽く言うスハラ。
俺は、今にも爆発しそうなサワさんを横目に話に割って入る。
「オルガのものなんだって。これ、スハラでも直すの無理?」
「サワ、オルガのもの壊したの?それは、いくらオルガが探してても帰れないかー」
直すのもこれは無理だなーと、意外と手先が器用なスハラでも直せないらしく、他人事のように(実際他人事なんだけど)のんきなスハラに、サワさんは怒りが頂点に達したらしい。
冷たいオーラを放ちながら、無言で部屋を出ていこうとするサワさんに、俺は慌てて声をかける。
だけど、全く耳に入っていないのか、見向きもしない。そんなサワさんの背中に、スハラが真面目な声で言う。
「サワ、どうにかしたいんでしょ?私の話、聞いてみない?」
効果てき面。サワさんは、背中を向けたまま立ち止まった。
スハラの提案は、とても単純なものだった。
オルゴールは直せない。だから、代わりになるもの、要はお詫びのものを用意して素直に謝る。
確かに、俺もそれしかないと思う。壊れたものは戻らない。代わりを用意したって、代わりになれるとは限らない。だけど、精いっぱいの誠意を見せる。
サワさんは、スハラの提案をちょっとの間考えたのち、頷いた。
episode2 星に願いを 「プレゼント」
早速、街に出た俺たちは、オルゴールと言えばということで、メルヘン交差点にあるオルゴール堂へ向かった。
いろんな色と音のたくさんのオルゴールが、オレンジ色の灯りに照らされて、すごく幻想的だ。
俺とサワさんは、壊れたオルゴールと似たようなものを探し、やっと同じようなものを見つけることができた。しかし、それをスハラに見せると、スハラからは全く違うものにしてはどうかと提案されてしまった。
「だって、全く同じものはないんだよ。だったら、サワがオルガにあげたいものにしたほうがいいんじゃない?」
お詫びなんでしょと言うスハラに、また考え込んでしまったサワさんは、30秒くらい固まった後、何かを決意したような顔をして頷いた。
そこからは、サワさんを先頭に、俺たちも店の中を右往左往して、オルガに何を贈るか考えた。
相当な時間をかけてサワさんが選んだのは、透明なピンク色の、ピアノの形をしたオルゴール。
曲は定番の「星に願いを」。
「きっとオルガは喜んでくれるよ」
スハラがそう言うと、サワさんは、真剣な顔のまま頷いた。
そのあと、サワさんがどうなったかって?
オルゴールを買った後、サワさんはすぐに帰っていった。
俺はサワさんが心配で、謝るところまでついていこうかと思ったけれど、スハラに「サワなら大丈夫だから」と止められて、ついていくことはできなかった。
あれから、一週間が過ぎている。
サワさんもオルガも見かけてないし、喧嘩したとか何かあったというような噂も入ってこない。
俺は気になって、テレビを見ながらお茶をすするスハラに問いただしてみた。
「スハラ、サワさんってあの後結局…」
ピンポーン。
突然の来客を知らせるチャイム。訪れたのは、俺にとって願ってもないヒトだった。
「2人とも、この間はありがとう」
オルガは、部屋に入るなり、開口一番、そう切り出した。
3人で、オルガがお礼にと持ってきた、あまとうのクリームぜんざいを食べながら、俺は気になってたことをここぞとばかりに聞いてみる。
「オルガ、怒らなかったの?」
「怒らないわ。」
「でも、大切にしてたものなんだろ」
「えぇ、だけど怒らないの」
ふふ、と意味深に微笑むオルガ。俺がハテナを浮かべていると、スハラが解説してくれた。
「あの壊したオルゴール、もともとサワがオルガに贈ったものなんだよ。サワ本人は忘れてたみたいだけど」
そうなのよ、と微笑むオルガ。
どういうことだろう。
「だいぶ前に、サワがプレゼントしたんだよね。あれもクリスマスくらいだったっけ?」
「えぇ、そして、それもスハラの提案だったわね」
ってことは、スハラは事情を分かった上でいろいろ話をしていたのか。
でも、気になるのは。
「サワさんがプレゼントを考えるなんて、なんかイメージに合わないな」
俺が思ったことを口にすると、2人はそうだよねと笑い合う。
「もともとは、オルガが悩んでたからなんだよ」
スハラがオルガに目配せすると、オルガは微笑んだまま「いいよ」といった。
「あのときはさ、」
スハラが話してくれたのは、オルガとサワさんの昔の話だった。
episode2 星に願いを 「オルガとサワ」
だいぶ前に、街中でオルガが変な人たちに絡まれたことがあって。で、それをサワが助けたってことなんだけど、実際には、その絡んでた人たちがサワを見て逃げ出したっていう。
ほら、サワってキレたらなかなかにやばいじゃん。みんなそれ知ってるから、あの頃は今よりもサワを避ける人が多かったんだよね。
オルガも、それはわかってたんだけど、オルガって意外とミーハーで、サワのギターがずっと好きだったんだよね。だから、助けてくれたってことで押し通して、サワと話すようになっていったんだ。
え?そんな押しが強そうには見えないって?オルガの見た目に騙されたらダメだよ。仮にも長く生きているだけあって、結構いろいろ強いんだよ?
で、そんなことで仲良くなっていったみたいなんだけど、ええと、あれは…、あれも今みたいに雪が降ってたよね。
オルガがちょっと悩んでた時期があって。音楽絡みだったよね。あれは楽譜のことで悩んでたんだっけ?まぁ今となっては大した悩みじゃ……、ごめんごめん、オルガ、確かにあの時は真剣に悩んでたよね。
で、オルガの暗い雰囲気を聴き取ったサワが、オルガを励ましたいって言い出して。
あれにはびっくりしたなー。サワにそんな感情あったんだって。
え?あぁ、サワってさ、人の感情が音になって聴こえるんだって。楽しかったりうれしかったりは明るい音。悪意とか怒ってるとかはうるさい不協和音。サワがいつもヘッドフォンしてるのも、そういう外の“音”がうるさくて気持ち悪くなるからってのが理由なんだ。
でさ、きっとそのころのオルガは悩んでたから悲しい音がしてたんじゃないかな?それで、サワは気づいて、驚くことにオルガを気遣って。
で、私のところに相談に来たから、今回みたいに何か贈り物でもしてみたらって提案したんだ。そしたらオルゴールを選んでさ。そう、この間の壊れたやつ、あれを選んでプレゼントしたんだよね。
スハラの話をにこにこしながら聞いてるオルガは、「だから、あのオルゴールが壊れたことは悲しいけれど、怒ることはないの」と、過去を思い出しているのか少し遠い目をしてつぶやいた。
「サワさんって、なんか思ってたのと違う感じだな」
俺の素直な感想。怖い人だと思ってた。だけど、人から向けられる悪意をじかに感じ取って、それらから自分を守るために怖くならざるを得なかったのなら。
それはきっと悲しいことだと思う。そして同時に納得する。
オルガと一緒にいる理由。
きっと、オルガの「音」に悪意はないんだろう。だから、一緒にいられる。
「あら、お迎えが来たわ」
本日2度目の来客を告げるチャイムが鳴る前に、オルガが言う。
チャイムと同時くらいに玄関へ出迎えに行くと、そこにはさっきまで話の中心となっていたサワさんがいた。
「サワさん、どうぞ。あがっていきますか?」
オルガは来てるかというサワさんに俺はそう返す。
サワさんは、俺を見て、おやっとした顔をしてから、いやいいと小さく言って、部屋にいるオルガに帰るぞと声をかけた。
2人が帰って静かになると、急にテレビの音が大きく聞こえる。
クリスマスや年末に向けた明るい話題が続く中、スハラが、さっきの話なんだけどと切り出した。
「サワは、オルガのことを会う前から知ってたんだって。「音」としてだけど」
スハラが言うには、サワさんはオルガのことを、姿は知らないけれど優しい音の持ち主として、ずっと気にしていた。
だから、オルガが絡まれていたときには、自分が怖がられることを分かった上で近寄っていったし、オルガが悩んでいるときもどうにかしてあげたいと思った。
「これを聞いたことは、サワには内緒ね。あいつ、口滑らせて私にしゃべったこと、いまだに後悔しているから」
オルガにも内緒だよと付け足すスハラは、楽しそうに、いたずらっぽく笑っていた。
『星に祈れば 寂しい日々を 光照らしてくれるでしょう』
※エピソード一覧
・第1部
ep1「鈴の行方」
ep2「星に願いを」←今回のお話
ep3「スカイ・ハイ」
ep4「歪んだココロ」
ep5「ねじれたモノ」
ep6「水の衣」
ep7「嵐の前の静けさ」
ep8「諦めと決意」
ep9「囚われの君へ」
・第2部
ep1「北のウォール街のレストラン」
ep2「高嶺の花」
※創作大賞2024に応募します!
古き良きを大事にする街で語られる、付喪神と人間の物語をどうぞお楽しみくださいませ。
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