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グリッチ 一章

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終末的近未来大災害冒険ファンタジー小説『グリッチ』を連載します。
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#蠍

グリッチ (1)

                                             

 三年前の五月二日、巨大な新生物が地球に大発生し、俺たちの知っていた世界は終わった。以来、俺たちは、蠍戦争の時代を生きている。

 便宜上、「蠍」と呼んでいるが、奴らは蠍ではない。 

 「戦争」と呼んでいるが、これは戦争ではない。

一章、夏

 それは、最後に残った政を亡くした四日後だったと思う。その

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グリッチ (7)

 元々、この島に行こうと言い出したのは、のんぺいだったという。小田原の町道場を根城に町内の生き残りが寄り集まり、蠍と闘いながら暮らしていた頃、のんぺいが、港に行って漁師を仲間にし、漁船を手に入れ、蠍の居ない小島に逃れようと言い出した。その島には、基本的に生活できる設備がすべて整い、水源もある、とも言った。

「なんでそんなことを知っているかと聞くと、インターネットで読んだと言うんだな。当時はもうネ

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グリッチ (8)

 「あなたは深雪さんの何なんですか」

今度は俺の方が面食らった。そんなことを医者に聞かれて答えなければならない義理はないだろうと思ったが、聞くからには何か理由があるのだろうから、俺は素直に本当のことを言った。

「幼馴染みです」

「そうですか、で?」

医者はその先を聞きたいというように、待っている。深雪と俺がどういう関係か、というのは、幼馴染みの一言で納得してくれない場合、だらだらと話せば長

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グリッチ (9)

 俺に与えられた部屋はホテルの客室で、321号室だった。クイーンサイズのベッドがあるか、ベッドが二つ以上ある広めの客室は家族用、小さめの部屋は独身向けと使い分けているそうで、シングルルームが集まっている三階東側部分が、言ってみれば独身寮なのだそうだ。

 321という部屋番号を俺に告げたのは、妙に馴れ馴れしい若い女だった。俺は、この島に来て三日目に目覚めて以来、ずっと同じパジャマを着ていたが、この

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グリッチ (10)

 「俺も漕ぎましょうか」

と聞いてみたが、

「いいよいいよ、もうちょっと沖に出るまで、押せやいいから」

と言われた。

 澄んだ水に泳ぐキスが見えた。

「見えるだろ。網で掬ったって捕れるんだが、それじゃあ、面白くないし、魚に不公平だろ」

と言い、六郎さんは笑った。面白いことを言う人だな、と思った。

「わしはねえ、前から漁師なんだよ。村長さんの道場の皆さんが、漁船でこの島に避難したいって

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グリッチ (12)

 年に一度しか休日がない村長というのは、一体どういう仕事なのかということを、俺は望月と、望月の妻の正子さんから聞いた。

 その日は、望月が俺を夕食に招いてくれたのだ。

 この村で、人を夕食に招くと言う時は、夕食を食堂の同じ食卓で食べ、その後、寝室に一緒に退いて、暗くなるまで茶か水で談笑するということを意味した。

 食堂に一日三度足を運ぶうちに、わかってきたのだが、食堂の席の使い方には、ここの

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グリッチ (13)

 のんぺいは左手に、深雪は両手に竹刀を持った。三人で一礼した後、望月が深雪に掛かって行ったが、簡単に払われた。

「先輩、すみませんが、本当に本気でお願いします」

 深雪が望月にそう言った後、今度はのんぺいが掛かって行った。松葉杖を右脚代わりに使いながら、のんぺいは肉眼では見えないスピードで、左手に持った竹刀を振り回し、深雪は、のんぺいが繰り出す矢継ぎ早の攻撃を払い続けた。

 俺の目は、のんぺ

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グリッチ (14)

 のんぺいは左手に、深雪は両手に竹刀を持った。三人で一礼した後、望月が深雪に掛かって行ったが、簡単に払われた。

「先輩、すみませんが、本当に本気でお願いします」

 深雪が望月にそう言った後、今度はのんぺいが掛かって行った。松葉杖を右脚代わりに使いながら、のんぺいは肉眼では見えないスピードで、左手に持った竹刀を振り回し、深雪は、のんぺいが繰り出す矢継ぎ早の攻撃を払い続けた。

 俺の目は、のんぺ

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グリッチ (18)

 午後も、やはり穴掘りだった。息を切らしてスコップで固い地面を掘りながら、

「親衛隊って名前さ、変えたらどうだ」

と望月に聞いた。

「じゃあ、穴掘り隊にするか。ちょっと語弊があるだろ」

「よくそういうしょうもないジョークを思いつくよなあ」

「穴掘って入り隊の方がいいかもな」

俺は笑い出して腕に力が入らなくなってしまった。スコップに寄りかかってへらへら笑っていると、鞄を持った男がやって来

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グリッチ (19)

 「向こうの端まで行きましょう」

と、のんぺいが言い、連れ立って浜辺を歩き始めた。陽はもう大分傾き、もうすぐ夕陽が見える時刻だが、この島の西側は本州の陸地なので、海に沈む夕陽を拝む事はできない。浜にはもう、誰も居なかった。

「万里亜ちゃんを振ったそうですね」

いきなり言われ、俺は立ち止まった。

「なんで知ってるんだ」

「万里亜ちゃんが、いろんな人に話して、嘆いているの聞いたから」

なん

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グリッチ (20)

 俺は憮然として、海を眺めた。再び見ることが叶うとは思いも寄らなかった青い海だ。戦争が始まる前に見たことのある湘南の海と比べても、更に美しい青い海だ。この美しい海に囲まれた何不自由ない島に暮らして、俺は、望みの叶わない人生に不満を抱いている。この海の美しさは、一体何のために、誰のためにあるのだろうか。

 そんなに何もかも知っているなら、俺の家族は生きているのか、死んだのか、教えてくれ。俺は深雪と

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グリッチ (21)

 そういうわけで、翌日、伝令係で飛脚のアントニーが俺のところにやってきて、師匠が呼んでいると告げた。

 師匠は桟橋で待っていた。誰にも聞かれずに俺と話をしたいのだろうから、何の話か、すぐに想像がついた。案の定、

「信行のことなんだが」

と切り出され、俺は困り果てた。のんぺいと「恋仲」になった本当の理由を話せば、そちらの方が遥かに大問題なのだ。この場面をどうやって切り抜けようかと思案していると

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グリッチ (22)

 深雪は俺のベッドに乗り、俺のすぐ横に座っているらしい。柔らかい手が俺の頭を抱き寄せ、額の汗を拭い、首や肩を何度も撫でさすった。

「深雪、どうして、ここに居る?」

「わたしは、行きたいとこに、いつでも行けるから」

俺に会いに、夜中に跳んで来たということだった。それなのに、みっともないところを見せてしまった。俺は、大声で母を呼んだのだろうか。

 俺の息が落ち着くまで、深雪は、俺の額に何度も唇

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