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貝殻を拾う時のストーリー🐚

2022.2.25  学童のような習いごと


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【自己紹介】
プレイワーカー「おけまる」です。
自動販売機より身長高いです🥫
「遊び」に関する様々な団体で活動(修行)し、実践に触れ、色んな人と向き合い関わり合いながら「どんな遊び環境を作りたいのか」ということを模索しています。
想いについて詳しくはこちらをご覧ください。

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おけまるが先陣切って、河口の砂島に飛び降りて探し物をしていた時のことー

そう、みんなで海に貝を探しに出かけたんだ。
砂浜に落ちている貝は波で砕けてしまっているようだ。
「どこにあるかな〜」と探しているうちに「ここならあるかも」と思いたち、飛び降りた。
最初はひとりの子(A)と一緒に探していて、僕だけ河口の砂島に飛び降りた。
そして貝殻の収穫を繰り返しているうちに、別のところで探していた2人(B,C)も気になったのか、やって来た。
そして「わたしもおりようかな」と一歩踏み出したのはA。続いてBとCも動き出し、その時既にふたりの行動(心)は「じゃあどこからなら降りられるか」に向いていた。
そして一人、またひとりと葛藤を乗り越えた後、下で貝殻を探し拾った。
いくつかの神秘的で綺麗な模様の貝をひろい、場所による水の温度の違いを感じたりした後、壁を登り地上へ戻った。

最初は高さ的に怖かったからなのか、ぬれる可能性があったからなのか、そこに貝がある可能性が考えられなかったからなのか、理由はわからないし絡み合っていると思うが、各々見てるだけだった。
徐々に「おもしろそう」と「やりたい」のベクトルを向けて、やってみていた(飛び降りて探していた)。

実際にそこの僻地に行き、降りたもの同士で貝殻の模様や水の温度、足の裏の感覚、転ぶかもしれない緊張などを分かち合った時間は、心震えたというよりも、心温まった。
小さな石の模様、形状にも笑い合い、家まで持ち帰った。


この頃思うのは、「このエピソードが最高だったから、今日は楽しかった」というよりも

「安心できる仲間と過ごした前向きな遊びの時間だったから楽しかった」というのが、充実感の背景にある感覚に近いのではないか

ということだ。
さらに、こんな心躍っちゃう遊びを一緒にやって歓びあえた仲間ゆえに、存在としての安心感は高まる、と相互的であるという風に考えられる。


絶景(海の夕日)をバックに、安心し合える仲間と、最高の思い出ができたとおもう。

ぼくは学童やプレイパーク、ボランティア等で子ども達と関わっています。原体験がその人をつくると、『心アツくなる思い出が出来ちゃう』そんな関わりを大切にしてます。詳細はトップ記事をご覧ください 前置きが長くなってしまいました。頂いたサポートは活動の際の何かに使わせて頂きたいと思います