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N市の記憶。もしくはその断片。

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note創作大賞2023 ミステリー小説部門 応募小説まとめ
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#小説

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#1 依頼

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#1 依頼

依頼

 その事件を知ったのは、世間よりも少し遅いぐらいだった。犯人が逮捕されてから知ったのだから、その事件はすでに完結した、知られざる領域を残していないように思われた。
 雨が降っていた。
 どしゃ降りの雨が事務所の窓を打ちつけ、絶えず蛇行する曲線をつくって流れていく。
 依頼者が準備してくれた資料は、新聞の切り抜きをスクラップブックに糊づけしたものだった。波打ったページには、事件の記事が所狭し

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#2 行方不明 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#2 行方不明 #1

 田沼文乃が行方不明になったのは、平成二十八年の六月。
 アルバイト先のイタリア料理店で、午後十一時に後片付けを終えて、オーナーの岩倉氏と言葉を交わした。それ以降、田沼文乃の足取りはわかっていない。
 発生から月日が経過しており、岩倉氏が当時のことを覚えているか不安だったが、「最後に会ったのが私みたいですからね、覚えてます」と岩倉氏はこたえてくれた。
「うちでバイトしていなかったら、とか、もっと早

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#3 行方不明 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#3 行方不明 #2

 N市の図書館に足を運ぶ。
 田沼文乃が消えた平成二十八年六月、この町で何らかの事件がなかったかとアーカイブされた地元の新聞を調べてみたが、お年寄りが死んだというお悔やみ欄に町名を見つけただけで、少なくとも、新聞に載るような事件は起きていなかった。

 事件ではなく、自発的な失踪を考えてみる。
 失踪の多くの原因は金銭トラブルだが、田沼文乃には当てはまりそうにない。金銭に困っていた形跡はなく、また

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#4 Twitter探偵の登場 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#4 Twitter探偵の登場 #1

 二つの殺人事件についても、並行して調査を進めていた。
 こちらのほうは警察によって解決済みの事件なので、当時のメディア報道、警察の捜査方針を主軸として、その枝葉を補完していく。
 一つ気づいたのは、最初の殺人事件の犯人である杉下公宏が供述を変更している点である。杉下は当初から犯行を認めていて、そこに警察のコントロールはないと思うのだが、杉下ははじめ、香山沙織さんの首を絞めたという犯行時間を日が替

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#5 Twitter探偵の登場 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#5 Twitter探偵の登場 #2

 ——犯人がわかってしまった。

 ツイートされたのは、令和四年の五月二十六日。
 コメントは十数件ついていて、「嘘つけ」「おまえが犯人だろ?」「教えて」「すごいね」と簡略化された言葉がならんでいる。
 それらに対して、ツイ主となるアカウントの返信はなく、それ以降、新規のツイートもされていない。

 アイコンをタップする。
 冷めたコーヒーを飲みながら、指を滑らせていく。
 アカウント名は〈シン・

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#6 鎮守の森 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#6 鎮守の森 #1

 殺害現場となったN大学裏の雑木林を歩く。
 樫や栗の木、整備された散歩道のあたりは桜並木になっている。桜の季節は終わってしまったが、陽射しを浴びて、緑色の葉々が眩しいほど輝いて見える。その奥は鬱蒼とした森だ。日中でも薄暗く、見通しは悪い。
 ゆるやかな坂道を歩いていくと、芝生の公園があり、その周囲がランニングコースとして整備されている。
 とすると、香山沙織さんの遺体が発見されたのはこのあたりか

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#7 鎮守の森 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#7 鎮守の森 #2

 頂上には、N大学の施設(天文学や気象情報を研究するための)があり、駐車場と休憩するための東屋があった。
 車を停めて、周辺を歩く。
 案内板があり、車でわずか数分の、地形が少し盛り上がった程度の丘という印象だが、〈黄魂山〉という正式な山名があるらしい。標高八十メートルと高くはないが、町全体がすり鉢状になっており、展望台からの見晴らしは悪くなかった。
 この町で、二人の女性が殺害され、一人は行方不

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#8 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#8 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #1

 条件としていた二週間が過ぎた。
 当初、私は調査に消極的だった(二週間という条件をつけたのも、私のほうからだった)。しかし現在では、納得がいくところまで調査を続けたい。続けたいが、調査を続けるには費用が発生し、これを生業としている以上はボランティアというわけにはいかない。調査に大きな進展はなく、手がかりもない。あとどれだけ続ければ——、という見込みもない。
 田沼氏に連絡し、正直に現状を報告する

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#9 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#9 幽霊の正体見たり枯れ尾花 #2

 大学生になり、戸塚絢は一人暮らしをはじめた。N市生まれのN市育ちで、ほんとうは一人暮らしの必要なんてなかった。実家から通っても、N大学までは三十分と通学圏内だったが、少しでも勉強の時間を多く持ちたいと両親を説得し、N大学まで五分のマンションを借りたのは、ただただ両親の目から離れて、怠惰な生活を送りたかったからだ。

 マンションの部屋に飛びこむ。すぐに鍵をかける。
 しばらく扉に耳をあてて、外の

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#10 探偵vs殺人鬼 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#10 探偵vs殺人鬼 #1

 それを怪談と呼ぶには、納得がいかない。納得できる怪談というのもおかしな話だが、基本、怪談というものは人を怖がらせるために存在しているのだと思う。何度も語られ、そのたびに構成が練られ、効果的な描写があり、聞いた後に寒気がするような、そんな怪談が優れた怪談だと思う。
 そういう意味で、この怪談は失敗作と言わざるをえない。

 N市を走る環状線の一つの駅、S町駅のホームで、二人の男が追いかけっこしてい

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#25 六月六日 #1

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#25 六月六日 #1

 戸塚絢という生贄を拒否したが、私が知るかぎり何も起こらなかった。
 N市で地震が起こったとか、電車の脱線事故があったとか、そういうこともない。新しい殺人事件もいまのところ起きていない。
 訂正。
 この世界上から殺人事件はなくならない。事実、N市でも殺人事件は発生している。痴情のもつれ、介護疲れ、悪質な交通事故——殺人事件が起きていないというのは、黄魂山との関連性がないという意味で、呪いや祟りが

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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#end 六月六日 #2

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#end 六月六日 #2

「ろ、六月六日にUFOが?!」
「そうです。六月六日にUFOです」
 私はいわゆるムー信者ではない。未確認飛行物体を目撃したこともないし、宇宙人に遭遇したこともない。それでも〈古代の宇宙人〉を楽しめるだけのユーモアは持ち合わせているつもりだ。
「おそらく、黄魂山に眠っているのはUFOです。現在の言葉でいうUAP(未確認空中現象)ではなく、UFO(未確認飛行物体)そのものです」
 富井教授が言うには

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