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小説/N市の記憶。もしくはその断片。#4 Twitter探偵の登場 #1

 疲れてくると〈美味しんぼ〉を観ることになる。頭をからっぽにして、山岡さんのグルメで人生を解決するロジックに脳みそをゆだねている。三十分のアニメ番組でこれだけの物語を描けるのは、いま観ても素晴らしいの一言に尽きる。
 ただ一つ解せないのは、栗田の存在だ。自分の可愛さを自覚していて、まるで人類に女性はわたし一人というような顔をして「なんだか塩臭いわ」なんて言いながら、山岡さんに無理難題を押しつけてくる。
 さらにいえば、彼女が本当に愛しているのは、山岡さんではなく、海原雄山ではないのか? 海原雄山の威光に目が眩み、その血縁となるために山岡さんと結婚した、そういう権威主義のかたまりであるのなら腑に落ちるのだが。

 二つの殺人事件についても、並行して調査を進めていた。
 こちらのほうは警察によって解決済みの事件なので、当時のメディア報道、警察の捜査方針を主軸として、その枝葉を補完していく。
 一つ気づいたのは、最初の殺人事件の犯人である杉下公宏が供述を変更している点である。杉下は当初から犯行を認めていて、そこに警察のコントロールはないと思うのだが、杉下ははじめ、香山沙織さんの首を絞めたという犯行時間を日が替わる前の午後十一時だったと供述している。とすると、午前一時の死亡推定時刻と二時間の隔たりがある。あくまで推定時刻なので、二時間の誤差はさほど気にする必要はないのかもしれない。しかし、もしかしたら、杉下が香山沙織さんの首を絞めたときには、香山さんはまだ死んでおらず、その後、真犯人の手によって絞殺された可能性はないのか?
 次の調書になると、杉下は犯行時刻を午前一時だったと変更している。それは杉下の記憶違いによる訂正だったのかもしれないし、警察の念には念を入れての証拠固めだったのかもしれない。

 SNSを見ていくと、当時から真犯人は別にいるという論調が存在していたことがわかる。きっかけはわからない。ブランチが多すぎて、根幹が見えなくなっている。
 一連のツイートから推測すると、発端は田沼氏と同じく、N大学裏の雑木林で一年に一人ずつ、六月六日に女性が殺されていることに気づいた人間が存在していたものと思われる。その呟きが拡散されて、〈N大学殺人事件〉とタグをつけて検索すると、かなりの数のツイートがなされていることがわかる。

 SNSにおける時間の流れは、驚くほど速い。宇宙という名の洗濯機に手紙を投げこむようなものだ。果てしない旅の先に、蓄積された過去が滞留している。
〈N大学殺人事件〉のタグで投稿されたツイートを見ていくと、大きく三つに分類することができそうだ。
 一つは、来年(最後の事件が令和三年なので、令和四年のこと)の殺人事件を止めてくれ、誰か助けてくれ、と悪戯にツイートを煽るもの。
 一つは、警察の無力を嘆くもの。捜査不足を弾糾するもの。
 もう一つは、自らが探偵役を買って出て、事件を解決しようと試みるもの。
 その多くは、真犯人は別にいると繰り返すだけの自己アピールに過ぎなかったが、一つのツイートが私の目にとまった。

 ——犯人がわかってしまった。


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