見出し画像

小説/N市の記憶。もしくはその断片。#end 六月六日 #2

「ろ、六月六日にUFOが?!」
「そうです。六月六日にUFOです」
 私はいわゆるムー信者ではない。未確認飛行物体を目撃したこともないし、宇宙人に遭遇したこともない。それでも〈古代の宇宙人〉を楽しめるだけのユーモアは持ち合わせているつもりだ。
「おそらく、黄魂山に眠っているのはUFOです。現在の言葉でいうUAP(未確認空中現象)ではなく、UFO(未確認飛行物体)そのものです」
 富井教授が言うには、ある時代にUFOが不時着した。縄文、弥生の時代からUFOが目撃され、神聖な場所として崇められることになった。その伝承、または実際に不思議な体験をする人もいたのかもしれない。神秘の山として信仰の対象となり、江戸時代には神社が創建された。
「そのUFOに乗っていたのは、アマテラスとは違う、いわゆる天孫系とは異なる種族の神だったのだと思います」
 時間が経つのを忘れて、私は富井教授の話に聞き入っていた。

「聞いてもいいですか?」と私はたずねた。
「どうぞ。時間の許すかぎり」
「その神、宇宙人、もしくはUFOそのものなのかもしれませんが、生贄を要求するでしょうか?」
「生贄ですか」と富井教授は言う。「あなた自身はどう思われます? 世界各地にどうして生贄の文化があるのか?」
「私は、偶然と信仰が影響しているのだと思います。偶然、牛が死んだときに豊作だった。偶然、人が死んで疫病がおさまった。次に同様のことが起こったとき、人はその偶然を真似たのだと思います」
「なるほど。信仰というのは?」
「信仰というのは、一度はじめてしまうと、途中でやめることができない。自分に課したルーティン、呪いのようなものだと考えます。私は信心深くありませんが、友人にもらった数珠をつけている」そう言って私は黒く変色した左手の数珠を見せる。
「効果のあるなしに関わらず、私はこれを外すことができない。よくないことが起こるような気がして。それが村単位、町単位の信仰ともなれば、誰もやめようなんて言い出せない」
 富井教授は頷きながら微笑む。それから、話しはじめる。
「私は、生贄のはじまりは、キャトルミューティレーションだと考えています」
「キャトルミューティレーション? 家畜が殺される、あれですか? 臓物が取り除かれていたり、血が一滴残らず吸い取られたり」
「そうです。古代にも同様の現象があったのではないか、と私は考えています。それを見た人たちはどう思ったか?」
 私の回答を待たず、富井教授は立ち上がる。部屋をうろつきまわり、突然、蛍光灯に向かって両手をひろげて叫ぶ。
「神は血に飢えていらっしゃる!」
 最後は冗談だったらしく、富井教授は照れ笑いを浮かべながら席に戻った。

 N市についての報告はここまでだ。時間と予算が許せば、黄魂山の発掘をしてみたいが、あいにく時間も予算もない。
 発掘といえば、次の依頼は埋蔵金の調査だという。どうして私にそんな依頼をしてくるのか理解に苦しむが、とにかく明日、依頼者の話を聞くことになっている。

 来年、戸塚絢は大学を卒業する。
 その前に、旅行に行こうと話している。

(了)


N市の記憶。もしくはその断片。

紀元前????年 
 現在のN市にUFOが不時着する

紀元前15000年〜300年
 光が集まる山として
 現在の黄魂山が縄文人の信仰の対象となる

200年〜500年
 黄魂山、古墳化される

1500年〜1650年
 黄魂山に〈黄魂彦神社〉が創建される

1872年 N市荒神区に〈峰岸病院〉が開業
             初代病院長は峰岸晴彦
1945年 N市大空襲
1952年 峰岸努、妻淑江のあいだに
             長男雅彦が生まれる
1972年 N市環状線開通
1974年 峰岸雅彦、妻聡子のあいだに
             長男敏彦が生まれる
1975年 湯崎N市長が
           〈N市文化都市宣言〉を発表
             新大学の誘致を公約とする
1977年 N大学創立
    〈黄魂彦神社〉が移転され
             護国神社に統合される
1982年 峰岸努の死去に伴い
           〈峰岸病院〉閉院
1992年 飯塚団地造成完了
             第一回の土地販売が開始される
1994年 峰岸雅彦 自宅にて首吊り自殺
2016年 田沼文乃 行方不明
2020年 香山沙織 
             N大学裏雑木林にて殺害される
             死因は絞殺
2021年 深谷夏帆
             N大学裏雑木林にて殺害される
             死因は多部位、不明部位の損傷
2022年 望月倫太郎
             S町駅のホームにて刺殺される
             峰岸敏彦
             急行電車に飛び込み自殺
2023年 峰岸邸の敷地より
             田沼文乃の白骨死体が発見される
             他四体の遺体は身元不明のまま
             現在も調査中
2024年 埋蔵金の調査開始
             同年六月、N県最北部の農村にて
             無差別殺人事件発生
2026年 戸塚絢と破局


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?