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The Beatles 全曲解説 Vol. 214 ~Now And Then

シングル『Now And Then / Love Me Do』A面。
4人全員の共作で、リードボーカルはジョンが務めます。


21世紀初にして最後の新曲!激動の60年を生き抜いた、すべての愛と魂へ贈るレクイエム "Now And Then"

最初の発表から約5ヶ月、多くのファンが首を長くして待ち焦がれていたことでしょう。
日本時間11月2日午後11時、ビートルズの21世紀最初にして最後の新曲 "Now And Then" が発表となりました。

初めて聴いた直後、私は個人のインスタに
「もうなんも言えねえ。一生大切にする、この曲。」
とだけ書きました。
それぐらい、言葉が浮かんでこなくなるほど魂が震えました。

新曲情報発表直後に更新したnoteの最後に、私はこう書きました。
「今年誕生するビートルズの新曲は、こんな生半可な衝撃など余裕で超えてくれると信じている。解散後半世紀を超えても世界の最先端を走り続ける、
それがビートルズなんだから!!

この言葉が無事、現実となってくれました。

この曲の成り立ちを改めて解説すると、
1978年、ハウスハズバンド時代のジョンが "Free As A Bird" "Real Love" と合わせてホームデモとして録音したものです。
それらのデモテープが1995年、ドキュメンタリー『Anthology』シリーズの企画に合わせ、「新曲」として新たにサウンドが重ねられ、世に送り出されました。

その中で、上記2曲の他に発表の噂があったのがこの "Now And Then" だったのですが、当時はジョンのデモテープのノイズを除去しきれず、サウンドのクオリティの問題からお蔵入りになりました。

本曲の解禁日に公開されたこちらのドキュメンタリーや各種報道を見てみると、
お蔵入りになった理由は音質面の問題の他にも、
・曲として完成させるために構成そのものを変える必要があった
・そのために必要な時間が残り少なかった

といった事情も挙げられていいます。

その後、2000年代にもポールは一度この曲に取り組んだようなのですが、結局は一度も発表されないまま現在に至ることになりました。

それが、ドキュメンタリー『The Beatles: Get Back』発表を機に状況が一変します。
ここで活用されたのが、AIを活用してノイズだらけのテープからメンバーそれぞれの声を綺麗に抽出する技術。
これでゲット・バック・セッションの多くの部分が明らかになったと同時に、『Revolver』以前のアルバムを現代風のステレオサウンドにリミックスするための土台が出来上がることとなりました。

この技術に白羽の矢を立てたのが"Now And Then"でした。
ボーカルが聞き取りづらいだけでなく、バックの「ブーン」というノイズも非常に邪魔だったデモ音源から、ジョンの声だけを「Crystal Clean」に抽出することに成功。
その違いはドキュメンタリー動画をご覧いただければ一聴して理解できます。
隠れていたメロディまではっきりと聴き取れるその変貌ぶりには驚くばかりです。

ちなみに、発表後も公式が注釈を出すほどに、このことにはまだ誤解が世間に蔓延しているようです。
この曲では生成AIのようなものを使って、ジョンの声を一から加工して架空のものを作り上げるような真似は一切されていません。
時代に合った技術でノイズを取り除き、音を磨き上げることはビートルズがこれまでにもやってきたことで、今回はその手段がたまたまAIだったというだけの話です。
むしろ、批判を恐れずに新しいことに世界に先駆けて取り組むことそれ自体が「ビートルズらしさ」と言えるでしょう。

ボーカルさえ綺麗に整えば、あとはポール・ジョージ・リンゴによって音を重ねるだけ。
プロデューサーには『LOVE』以降、全てのビートルズナンバーのリミックスを指揮してきたお馴染みジャイルズ・マーティンと、ポールが初めてポロデュースという立ち位置でおさまりました。

2001年に亡くなったジョージは、95年のセッションでこの曲に取り組んだ際に録音したリズムギター(アコギ)で参加しています。

ポールは流石のマルチプレイヤーぶりで、ベース、リードギター、シェイカー、さらにはサビのバックボーカルとして曲に彩りを加えました。
バックボーカルは、95年発表の2曲のように聞き取りづらいジョンの声を補強するという意味ではなく、完全にデュエットとして歌っています。
まるで時空を超えてジョンと2人で対話しているかのようで、ここはファンにとっても一つの曲の泣きポイントでしょう。
間奏部分のギターソロはジョージのスライドギターを意識したもので、特に "Free As A Bird" のようなスタイルを連想させます。

リンゴは流石に安心のドラムプレイ!
ジャイルズが「いつも通りに叩けばいいだけだった」とコメントしている通り、これまでと同様、曲の良さを引き出すことに徹したドラミングを聞かせてくれます。
また、サビのコーラスにも参加していて、こちらはこれまでになかったパターン。
"Octopus's Garden" を共に作った時のように、今は亡きジョージに想いを馳せていたのかもしれません…!

曲全編を盛り上げるストリングスは、ジャイルズが父、サー・ジョージ・マーティンのスタイルを意識してスコアを書いたものです。
"Eleanor Rigby" "I Am The Walrus" を思わせるような、いい意味でやや大袈裟で、重々しい貴族の室内楽のような響きを見事にオマージュしてくれました!
ちなみに、オーケストラのメンバーはこれが「ビートルズの新曲」として使われるとは知らされていなかったのだとか。
解禁後の演奏者のコメントはまだ記事などで上がっていませんが、リアクションが楽しみです。

そして、ジャイルズはこの曲にビートルズの過去曲を用いてコーラスを加えるという、見事な大立ち回りを演じています!
サビと間奏で、"Because" "Here, There and Everywhere" "Eleanor Rigby" のコーラスがフィーチャーされているとのこと。
"Because" については、はっきり一聴してよくわかる美しいハーモニーが楽しめます。
"Here, There…" はおそらく「Ooo…」と発声している部分。
"Eleanor Rigby" については私の耳のせいかどの部分かよくわかりません!
"Because" とある程度重ねられているのかなとも感じたんですが、わかる方いましたら教えてください!!
いずれにしろ、ジャイルズの手がけた初めてのカタログ『LOVE』で構築されたノウハウが、ここでも生かされるプロダクションとなりました。

曲の構成や歌詞は、ビートルズ末期〜解散直後のジョンのようなごくシンプルなスタイル。
Aメロとサビだけという、誰にでも覚えやすい展開となっています。
元々のホームデモには、ジョンがファルセットを使い「I don't wanna lose you…」と歌うBメロが存在しているのですが、リリースバージョンではカットされました。
個人的には歌詞全体の文脈が広くなったという意味で、多くの人に共感されやすい歌詞構成となったのではないかと思います。
賛否両論ある部分ですが、私としてはナイス判断ではとの立場です。

それにしても、
「Now and then, I miss you」
こんな何気なさすぎる一節が、曲中で一番聴き手の魂を震わせるパンチラインになってしまうジョンの作詞能力には驚かされます。

4人が歩んできた歴史も相まって、今現在だからこそ重みと深みを増すフレーズとなっているのではと感じます。

冒頭掲載のミュージックビデオは、『The Beatles: Get Back』と同じくピーター・ジャクソン監督によるもの。
解禁前には「MVなんて作ったことなくて、プレッシャーに押しつぶされそうだった」とぼやきのようなコメントを出していた監督ですが、十分にファンの期待に応える仕事をしてくれました。

歌っているポール(現在)にちょっかいを出すジョン、ギターを弾きながら謎のステップを踏むジョージ(過去)、オーケストラを見守るポール(現在)の両脇でふざけるポール(過去)とジョージ(過去)。
そして、過去の自分と一緒ににこやかにドラムを叩くリンゴ。

たくさん笑わせてもらったあと、いつもの曲が終わった後の一礼、そのままフェイドアウトする4人にホロリ。
「笑いあり、涙あり」とはまさにこの映像のためにあるような言葉だなと実感しました。

最後に、ファンの間で一番賛否が別れたのがジャケットでした。

これはポールお気に入りのデザイナー、エド・ルシェによるもので、発表時は「あっさりし過ぎている」「ビートルズっぽくない」と否定的な意見が優勢でしたが、
レコード発売以降、「モノとして持ってみたらなんかしっくりくる」「文字の傾きが赤盤・青盤の4人に似ている?」といった好意的なコメントもちらほら上がるようになり、こちらは年単位の時間を待って評価が定まるのではという印象でした。

とにもかくにも、たった一曲でここまでのネタと論点が出てくるのもビートルズのすごいところ。
すでにポピュラー音楽史とAIという文脈でこの曲を捉えようとする評論家も出てきており、この曲の本当の凄さはこれから長い時間をかけて、徐々に明らかになっていくのかもしれません。

私自身、この曲に完全に打ちのめされ、今日までずっと頭がぼーっとした状態で、やっと今日になってかろうじて文字に起こすことができるようになりました。
「ビートルズの新曲が出る」ってこういうことなんだ…と頭を抱えながらパソコンの前で考えを巡らせて本文を書きました。

まだまだこの曲に関する新情報は出てくるでしょう。
その度ごとに新たに書くことも増えてくるかもしれませんが、ひとまずは曲解禁直後の印象と気持ちを、真空パックでここに収めようと思います。

この曲に関わった全ての人々、そして何より歴史と時間を超えてこの曲を届けてくれたFab4に最大級の感謝とリスペクトを!

The Beatles 全曲解説シリーズも、これにて本当に完結です!
ありがとうございました!
PEACE & LOVE.

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