【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #12
【タイトル】
板の上の魔物/Virtual Insanity
2024年4月8日
Noobは、ユウキたちSunnyのメンバーと、9月の文化祭について打ち合わせをしている。
「曲まだ決まってないからアレだけど、5分くらいは欲しいかなぁ。どうだろ」
眉間に皺を寄せてユウキが言う。
美穂が付け加える。「3分くらいの短期決戦がいいよ。3人だよ、だって」
──3分。
たった180秒のため、3,600時間掛けて準備する。彼らはそれを10年以上続けてきた。
3人の掌や指に出来た、生傷や血豆の潰れた痕がそれを物語っている。
板の上に立つとは、そういうことなのかと、Noobは背筋がぞわっとした。
「そんなに練習するんだね…」
彼ら3人に対しては、軽率な発言だったかもしれないと直後、反省した。
「まあ言うて、BSSの為って感じかな。練習期間は。文化祭はダンスバトルじゃないし。まだ気楽だよ」
裏表なく素直に言ったのだろうが、ごっつんの発言はどこかサバサバしていて、おっかない。
「理由がなんであれ、こっちはチームの看板背負ってるんで、そこは安心して」
美穂の発言は、格言か苦言かNoobの胃壁を刺す。
プレッシャーだ。
この3人は恐らく良いやつらだが、怖い。
否、自分の弱さをまざまざと見せつけられるときは、いつだって怖い。
*
「3分か。まあそれが妥当か」
「なあNoob、お前も何か出来ないか?ラップ、やってるんだろ」
「3分+宣伝+入退場。せいぜい5、6分。
正直、短すぎる。2年1組の宣伝にはならない」
「先生の意図してるメッセージ性ってのには、何かが足りない。"ただ陽キャが騒いでる"だけじゃ。
ダンスは、言葉じゃないから」
そう淡々と一人で述べるユウキ。
「いや、ラップは、やってるっていうか、その…ただリリック帳に自分の考えた歌詞を書いてるだけ、っていうか、」
「別にいいじゃん。失敗しても」
美穂がNoobの言い訳を遮る。
ごっつんは、ずっと無言で、何かと何かを天秤にかけ、こちらを見つめている。
──やるか、やらないか。さあどっちだ。
Noobは、昨日の母親とのやりとりや、Marshallが話してくれた寮母さんのことを思い返していた。
"あなたは、あなたらしく。
あなたの歌を、唄いなさい。"
*
「実は、一曲だけなら、唄ってみたい曲がある」
3人が、ポンっとNoobの体をタッチして労う。「NICE」
寡黙なB-BOY・B-GIRLに小手先のなにがしは通用しない。が、彼らは可能性のある者には、手を差し伸べる。それがわかった。
Noobはエアロ・スミスの『Dream On』とエミネムの『シングフォーザモメント』を聴かせたあと、新調したリリック帳を3人に見せ、作詞した経緯を説明した。
*
「Noob。やるべきだよ。これは」
「ギタリストとリードヴォーカルが欲しいね」
「ドラムとベースは、MPC(※)で打ち込めば問題ない。まかせろ」
*
想像もしていなかったラップ披露のオファー。
まさしく青天の霹靂である。
そして、疾風迅雷の連携と推進力。
ステージ上での理想的なイメージが、まるで完全に出来上がっているかのように、ワンショットで決まっていく。
──若きこと稲妻の如し。
*
リードヴォーカルは、おあつらえ向きな"歌姫"がいるので、先に、とあるギタリストを何としても口説くようにと、Sunnyの3人から特命を受けたNoob。
「もし上手くいかなかったら?」
「エミネムの音源から、インスト部分だけ抽出して演奏は問題なく出来るようにするかな。12インチのヴァイナルがあればインストはすぐ用意出来るし。そんなに難しい作業じゃない」
ごっつんは、サウンドトラックを作るトラックメイカーとしての側面もあるらしく、サウンド関連の中枢を担ってくれる。
とはいえ、何故有りもので対応できるのに、わざわざそのギタリストに交渉して、共演するべきだと推すのか気になったので、理由を聞いた。
「虎太郎くんのギター、また聴きたいから」
「アタシらから言っても多分断られるんよ。ただ、Noobならワンチャンありそうかな」
「コタくん手強いからね」
マジかよ。
Noobはその名前を聞いた瞬間、もう無理だと、匙を投げそうになった。
*
*
*
藤川 虎太郎。
高校中退。18歳。
ファンクバンド『FUNK YOU 』の元ギター担当。
地下格闘技イベント『紫煙』16代目チャンピオン。
不良ぶってないところが、かえって怖かった人。
らしい。
噂じゃ、シュハンのグループに入れと、あの手この手でしつこく"勧誘"されたことに腹を立て、返り討ちにしたとか。
何処の誰からも支配されなかった、Mr.アンチェイン。通称、鬼喰い虎。
「1対6?喧嘩?そんなお行儀良く育ってねえわ」と、シュハンの蒼白い顔面を、コンクリート床に叩きつけ「やれるもんならやってみろ。卑怯モンのボンボンが」と吐き捨てた後、学校と格闘技を辞めた、らしい。
音楽は、まだやっているかわからないが。
思わず、"都市伝説かよ"とツッコミを入れたくなるが、その台詞や描写を、一言一句誤りなく口にすることが出来るのは、この鬼喰い虎伝説が、目撃者多数の都市伝説であるからだ。
シュハンに虐げられたことがある下々の者たちにとっては圧倒的カリスマ。
だが、いざ対峙するとなるとその攻略は、下々の物代表だと自負しているNoobには、無理ゲーすぎるのである。
腕っぷしと何者にも媚びないスタンスを貫き通す、正真正銘のアウトサイダー。
暴力のチカラを信じたくはないが、それでも憧れてしまう存在。
自分とはあまりにも、違う星の人。
*
そんな鬼喰い虎がギター?
ましてや、いじめられっ子のボクが交渉?
無理無理、無理に決まってる!
Noobは、適当に「会えませんでした」等の理由をつけて、ごっつんに、ギタリスト不在ver.の作曲をしてもらえば良いじゃないか、と手を抜きたくなった。
元々、ラップなんてするプランは無かったわけだし、それくらいは別に良いだろう、と。
*
「おつかれ兄貴、あのさー」
ユウキが、兄に電話を掛け、何かを話している。
「で、虎太郎くんって今どこにいるの?えっ。ホント?じゃあ行っていい?」
不味い。非常に不味い。内心焦る。
「よし、NOOB。今から会いに行こう。今、虎太郎くん兄貴のバイト先に居るから」
簡単な詰将棋のようにNoobは退路を断たれてしまった。小手先のなにがしは通用しない。
やるか、やらないか。
そして、一度やると決めたら、とことんやる。
至ってシンプルな考えだが、極めて難しい。
板の上には魔物がいる。
その魔物を制するには、それぐらいの胆力と精神力が必要だとユウキたちは知っている。
だから強い。だから怖い。だから優しい。
だから、裏切りたくない。
Noobは、ユウキたちと共に、鬼喰い虎の元へ向かうことにした。
鬼をも喰らう虎が味方となれば、きっと板の上の魔物なんかに負けるわけがない。
*
Noobたちは、自転車で国際センター駅から堀川沿いに出て、錦橋を渡り、木挽町通り、三蔵通り、と南東に向かって進む。
15分ほど経って、矢場町のナディアパークという商業施設に面した公園に着いた。
公園でバイト?
鳩にエサやって時給発生するの?
Noobは、栄や矢場町になど来たことが無かった。
賑やかな繁華街に用など無い。相応しくない。
そう思って近寄らない事にしていた。
公園のすぐ向かいにある、洒落込んだテラス付きのバーから誰かが手を振っている。
「兄貴ィ!」ユウキが手を上げ返事をする。
「おう。お疲れー」そう言ってユウキの兄、ユウイチが煙草に火を付けながら返す。
「コタロー、なんか来たよー」ユウイチがまだ薄暗いバーの店内に向かい、怠そうにそう告げる。
──いらっしゃい。喧嘩なら買わないよ。
如何にも、と云わんばかりの風格で、生物学的にも経験則的にも、『その男、凶暴につき。』というタイトルが相応しい益荒男が現れる。
というのは、こちらの妄想だった。
*
「はーい。あっ、どうも」
首に梵字のタトゥーは入っていたが、思っていたよりも普通の、というかむしろ、物腰の柔らかそうなお兄さんがちょんまげ頭を下げ迎えてくれた。
鬼喰い虎?
いや、確かにちょっとイカつい風貌ではあるけれど、思っていた印象と全然違う。
この人に交渉するのが、そんなに難しいのか?
Noobは、心の中でそう思った。
「初めまして。ユウキくんのクラスメイトのNoobと申します。あの、かねがね虎太郎さんの噂は聞いており、ギターの腕前が凄いと伺っておりました。それであの今日は…」
うっ、と一瞬、「ギター」という単語を耳にした途端、表情を曇らせた虎太郎を、Noobは見逃さなかった。
「ああ、そっちの話しか!うーんと、ゴメン。俺は、もうギター触ってないんだわ。…触る気もないし。うん、だからゴメン!」
間髪入れずに断られる。しかも丁重にお断りされた。
見かねた美穂が助け船を渡す。
「虎太郎さん、話だけでも聞いてもらえませんか?」
「困ったなぁ…」
虎太郎は苦笑いをしながら左手で後頭部を押さえて、困っている人が困っている時にする動きをしている。
「姉貴に怒られちゃうよ。でもまあ、うーん。とりあえず話だけでも聞こうか」
何とか"門前払い"は免れた。
*
"…触る気もないし。"、"姉貴に怒られる。"
この人、何か理由があってギターを触れないんだ。
Noobは、そう確信した。
「じゃ、中入って。」
少し緊張した面持ちで、ユウキ・美穂・ごっつん・Noobの4名は、バー&ダイナー『Free』の店内に足を踏み入れた。
カラフルな9つの球がセットされたビリヤード台。
ハイウェイの脚柱みたく巨大なスピーカー。
チェック柄の壁紙と、トリッキーなバスケの3on3を映す無音のモニター。
それにドラムセットとステッカーまみれのジュークボックス。M字開脚した外人さんのポスター。
ピカピカに磨かれたマホガニー調のバーカウンター。BGMはメロウなシティポップで、道路に面した窓に『OPEN』と形どった出番待ちのLED灯。
「カッコイイ…」初めての光景にNoobはついつい見惚れてしまう。
まだ準備中だからか、緊張しているからなのか、80畳程ある広めのスペースが、余計がらんどうな空間に思えた。
「あ、なんか飲む?ビール、コークハイ?」
未成年たちの、ははは。という抑揚のない笑い声が、かえって対峙する相手との、格の違いを明確にしてしまう。
「…あ、冗談ね。えっとー、ノンアルコールなら単価も安いから全然いいよ」
「じゃ、じゃあお水を」
*
「ふーん、ふふふーん、ふぅーふぅーん…」
鼻歌混じりに、せっせとチェリー風味の桜パフェを作っている鬼喰い虎。
「はい、美穂ちゃんこれあげる。練習頑張ってね」
「えーホントぉ!?ありがと!えっ超かわいい!」
*
「おいコタロー、そろそろ店開けるべ」
「あっ、おっけー!」
不思議な存在感を纏う男。
想像していた強さとは、まるで違う。
この雲みたいな人を相手にどう話せば、交渉なんて出来るんだろう。
ごっつんが言っていた「手強い」の理由が何となくわかった、気がする。
シュハンが手も足も出ない理由も。
「自由」だからか。
それなら尚更、何がこの屏風の中の、ではなく雲の上の虎を縛りつける?
何がギタリストとしての彼に、制約を設ける?
Noobは、考えれば考えるほど、冷や汗が止まらなくなった。読めない。
Marshallなら、この状況をどう乗り越えるのかな。
*
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?