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「&So Are You」完結済み 全50話

50
バラは赤い、スミレは青い、お砂糖は甘い、そうして君も……。 一九六三年ミズーリ。代々トウモロコシ農家を営むベンの住む田舎町へやって来たハンナは、初対面でズケズケものを言う嫌味な…
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#アメリカ

「&So Are You」第一話

「&So Are You」第一話

プロローグ
 照りつける太陽の光が、僕の背中をローストターキーの表面のようにこんがりと焼きつける。
 目前に広がる湖面には零れんばかりの光の粒が溢れ、宝石箱を埋め尽くしたダイヤモンドみたいに煌めいていた。

 この場所で共に長い時を過ごした僕たちは、なにひとつ色褪せることなく同じ輝きを放っているはずだ。
 すべてあの頃のままに。

 そうして君も、あの日のキラキラした笑顔のままで……。

 耳を澄

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「&So Are You」第三十話

「&So Are You」第三十話

ハンナからの手紙

 次に届いたハンナからの手紙は、ぼくとグレッグへの連名になっていた。

「ベン、グレッグ、
 君は、僕に「すべてを失う」と言っていたね。あのときの僕は、その意味がまったく理解できていなかったけれど、今になってようやくその言葉の重みがわかるようだ。

「すべてを失う」とは「命」のことなんかじゃなかった。この戦争で、僕は自分を含め同胞たちの命を何度も失いかけたし、実際に失った。でも

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「&So Are You」第三十一話

「&So Are You」第三十一話

パープルハート

 もうすぐ新たな年を迎えようというのに、僕たちは相変わらず雨の冷たいジャングルを徘徊し、穴を掘っては泥水の中で眠れない毎日を過ごしていた。ベトナムへやって来て四ヶ月余り、交戦を経験するたびに死への恐怖は膨れ上がる。

 最近、一部でもっぱら噂されている話がある。後方から復帰したグレッグもしきりに口にしていた。

 ――それがパープルハートだ。

 士気が下がりきった今では、ほとん

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「&So Are You」第三十六話

「&So Are You」第三十六話

ハンナからの手紙

 ベン、あなたが言う通り、この戦争は無価値で無意味なものよ。

 そしてその大きな代償を払わされるのは、この国の政治家たちではなく、前線で戦うあなたたち。

 あなたが今まさに見ているように、共産主義を目指すベトナムに対して、自分たちの都合だけで民主主義を彼等に押しつけようとするアメリカのふるまいは、ベトナムに暮らす人々にとって、ただの侵略行為でしかないわ。

 そしてあなたが

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「&So Are You」第三十七話

「&So Are You」第三十七話

乾杯の音頭

 君から貰った手紙の内容をグレッグに話したとき、彼は複雑な顔をしていた。

 あの村での一件以来、僕たちはお互いにギクシャクとしたままで、見えない壁のようなものを感じ、以前のように打ち解けて話し合うなんてことはすっかりなくなっていた。

 それでもグレッグは、病気を克服するために君が治療に専念する決心をしたと知ると、とても勇気のある決断だと喜んだ。

 それは僕も同じ気持ちだ。

 

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「&So Are You」第三十八話

「&So Are You」第三十八話

初めての休暇(Thailand,1965)

 ここベトナムで六ヶ月生き延びた僕たちは、待ちに待った休暇をタイで過ごしていた。

 銃声や砲撃音の届かない場所なら、この際どこだって構わなかった。海の見えるバーで毎日のようにアルコールを飲み、生きている実感を満喫する。

 夕暮れ時、薄紅に染まる海を眺めていると、グレッグがビールを煽りながらつぶやいた。

「ベン、あんなこと言って悪かったな……」

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「&So Are You」第三十九話

「&So Are You」第三十九話

狂気への帰還

 休暇はあっという間に過ぎ去り、また地獄の日常へと戻っていく。義務期間を終えて国に帰った者や、僕たちの休暇中に戦死した者、補充で入ってきた新兵、変わらない古株たちの待つ戦場へ。そしてまた、狂気に満ちたこのベトナムのジャングルを、歩き回るために。

「よお! グレッグ! 帰ってきたな!」

 キャンプに着いた僕たちを見つけると、さっそくデクスターが駆け寄ってきた。

「ああ……戻った

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「&So Are You」第四十話

「&So Are You」第四十話

蟻の砦

 カンボジア国境付近のジャングルを巡回しているときだった。南ベトナムの雨季に、最後の一花を咲かせようかという強烈な雨が突然僕たちを襲うと、タイミングを計ったかのようにベトコンが隊の後方を襲った。

「敵襲!!」

 声はスコールに掻き消される。派手な手榴弾などなくとも、彼らは雨季の性質を利用して槍や銃のみで巧妙に僕たちに襲い掛かり、隊の連帯を崩し大きな痛手を負わせていった。

 後方へと

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「&So Are You」第四十一話

「&So Are You」第四十一話

待ち伏せ作戦

 闇に支配された密林を風が通り抜ける。揺れる木々の葉が不気味に音をたて、そこにいるはずもない敵の軍勢が、すでに僕たちを取り囲んでいるような気配を呼び起こす。

 張り詰める怯えを振り切るように落ち葉を踏み続け、目に染みる汗は、もはや鼻水とも涎ともつかない。

 日が暮れるに連れ、上官たちの様子が次第に慌ただしくなるのが傍から見ても明らかだった。兵士の間では様々な憶測が飛び交い始め、

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「&So Are You」第四十三話

「&So Are You」第四十三話

名もない駒

 なんのために戦い、そしてなぜ死んでいくんだろう? このジャングルの暗闇と同じに視界が闇に染まる。

 僕たちは所詮、ルールを知らない子供がプレイするゲームの盤上に置かれた名も無い駒でしかない。彼等は相手の駒を減らすのに躍起立ち、駒の持つ役割も考えずに、ただ単純に消耗戦を繰り広げていくだけ。

 きっと手持ちの駒が無くなれば、優しいパパとママが新しい駒を勝手にいくらでも補充してくれる

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「&So Are You」第四十四話

「&So Are You」第四十四話

悲しいこだま

 穴の中は兵士たちの流した血でぬかるみ、火薬と死肉の臭いで満たされていた。おびただしい数の死体が積み重なりもはや敵か味方かも判別できない。

 激しく響く爆撃音と銃声をかい潜り、穴を覗いてはグレッグの名を呼んだ。

 穴のひとつから僅かにうめき声が聞こえた。中に転がり落ちるように飛び込むと、エリオットとジェフの姿があった。エリオットは頭部の大部分を失っており、すでにこと切れていた。

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「&So Are You」第四十六話

「&So Are You」第四十六話

赤い雨

 これでもかというほど傾斜を転げ落ちた。デッドエンドに体が叩きつけられる。相変わらず敵兵の叫び声や銃声は耳には届いたが、追っ手は上手く退けたようだった。

「ベン! お前生きてたんだな! 良かったよ!」

 グレッグが水筒を取り出し僕の右目を洗い流す。なんとか瞼を開くと、懐かしい親友の苦々しい笑顔が僕を覗き込んでいた。

「よう、相棒!」
「グレッグ……、生きててくれて本当に良かった……

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「&So Are You」第四十七話

「&So Are You」第四十七話

空を切り裂く

 そのときだった。僕たちは何者かに狙撃を受けた。弾は当たらなかったものの、弾みで地面に転がった。

 グレッグは一早く体勢を立て直すと、木の陰まで僕を引きずってM60の残弾を確認し銃を構えた。

 現時点で、おそらく西側はほぼ制圧されている。敵の部隊は南東全域に渡って進撃しているはずだ。嫌な予感が過る。そしてそれは見事に的中していた。

 第一・第三中隊の攻撃をすり抜けたゲリラ部隊

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「&So Are You」第四十八話

「&So Are You」第四十八話

親友の声

『…… …… …』

『……… … ん………… …………』

『… …… ら……… ……  ……か……』

 バタバタと音の鳴る暗闇で、誰かが囁いている。

『ベン、ドランクモアに行かないか』

 この声はグレッグだ。

『ベン、親父さんが呼んでるぜ?』

 次第に意識が呼び起こされる。

 ――僕は生きている!? 

『ベン、お前ハンナに惚れたんだろ? この退屈な町にはいないタイプの

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