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【短編】『赤い鉛』(中編)

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赤い鉛(中編)


第一章 「病」

  • 冒頭で主人公の男が女と別れる。すると、運命的にも高校の同級生の女に遭遇する。女はそれとなく男の表情から失恋を察すると、男をとある豪邸でのパーティーに招待する。そこでまたゆっくり話そうと言って去っていく。

  • 男がパーティーへ行くと、同級生の女が踊っていた。主催者は同年代の富豪だった。男は失恋で心を病んで酒を飲み続ける。とある妖精の格好をした女が男のその姿を見て、同情心からおまじないをかける。しかし男には効果がないようで何も反応がない。男はなんの冗談かと思って少し酔いが覚め始める。帰ろうとしたその時、一瞬にして目の前の景色が弾け始める。まるで花火のように。嫌な現実は何もかも男の頭の中から消えていく。男の顔からは笑顔が絶えなかった。パーティーの人々も盛大に笑った。景色は色鮮やかだった。

  • 気づくと、豪邸のソファに横になっていた。主催の男が現れ、名演技だったと自分を褒める。全て幻想だったことを知る。朝日が昇ると共に豪邸を出る。


第二章 「目覚め」

  • 男は夢を見る。天気予報でキャスターが平気な顔をして午後に大災害が起きることを伝える。避難場所を確認しておくよう注意喚起して次のニュースに移る。地域の人々は普段通り生活をしている。電車も車も、会社も学校も平常通り。すると正午になったあたりから、電気が点滅し始めついには停電する。町中に響く放送を、皆各々の仕事をしながら片耳で聞く。放送が終わると突然地面が大きく揺れる。皆はなんの焦りも見せずに躓かないようにじっと腰を低くする。救急車や消防車の音が一斉に鳴り始める。自分だけ必死に避難場所に向かって逃げる中、街の人々は平然と生活を続ける。中には、倒れてきた瓦礫の下敷きになる者まで出てくるが、皆お構いなし。

  • 目を覚ますと、再び豪邸のソファに横になっている。と思った次の瞬間、二回目の瞬きで自分の部屋の天井に視界が切り替わる。一瞬何が起こったのか見当がつかず戸惑いを見せるが、夢の続きだと思ってそのまま起き上がる。別れた女のことを思い出す。男はよくその女に甘えていた。女も男に甘えた。お互いに求め合う毎日だった。しかし、ある時から彼女は男に冷たい態度をとるようになった。何度そのわけを聞いても何も言わなかった。男が他の友人に相談すると、「ああ、それは女性の特性だよ。ある時期を境に女性は大人へと変身してしまうんだ。まるでサナギが羽化して蝶になるように」と言って慰めた。女は男に色気を使うようになった。今までの素直で可愛らしい顔をもう見ることはなかった。女は化粧やラグジュアリー、整形手術にのめり込み、男を魅了させようと必死になった。男は理解できなかった。女は男が理解してくれないことに苦しみ自殺まで仄めかした。男は女に暴力を振るいそうになるが直前に自制心を取り戻し、女に別れを告げた。

  • 急に男の腹の底から怒りが込み上げてきた。その怒りは悲しみや苦しみを超えたものだった。自分の人生がいかに他人の価値尺度を測るための物差しになっていたかと思うと、この世界にいる人間全員が信じられなくなってしまった。男は徐々に人を疑いの目で見るようになった。


第三章 「悪」

  • まるで世界の色が反転したようだった。周りで起きることは男にとって不益をもたらす可能性があるとばかり考えて、日々警戒心を解くことはなかった。

  • ある日、パーティーで出会った妖精の姿の女と遭遇する。今度は会社帰りのためかスーツを着ていた。男は特に何も声をかけなかったが、女が男に気づいて近くまで駆け寄ってきた。女は正直に答えた。男の人相が変わってしまったことや、不幸があったように見えること。男はそれらの質問には決して頷かなかった。下手に心の内を見せたくはないと思っていたのだ。女はスーツ姿のまま再びおまじないをかけようとしたが途中で男が中断させた。女は嫌な顔をして去っていった。

  • 男は自ら富豪の家へと訪れた。忘れ物をしたと告げると富豪は中に入れてくれた。部屋の中は相変わらずパーティーを終えた後の荒れ果てた状態となっていた。男は富豪に尋ねた。お前は道家かと。そんなに人を楽しませて自分は楽しいのかと。富豪は笑った。


第四章 「無」

  • 男は再び夢を見ていた。今度は現実のような夢だった。自分の部屋に入ると、今までベッドの上に寝そべっていたはずの女がいないことに嘆いた。ガラスを床に投げつけ、破片が一面に散乱した。足元が真っ赤に染まり上がっていた。目を覚ますと、男は富豪のソファに横になっていた。と思った次の瞬間、二回目の瞬きでとある街の情景が視界に広がった。目の前には知らぬ男の足が瓦礫の下から見えた。男は何も考えずに歩き去った。

  • 男は女の横で寝ていた。女は男に尋ねた。前より痩せたと思うかと。男はそう思うと答えた。女は再び尋ねた。今度知人の家でパーティーがあるから一緒に行きたいと。男は名案だと答えた。女は重ねて尋ねた。別れた時のことを覚えているかと。男は答えた。覚えていないと。

  • 女の知人の家に着くと、すでにパーティーは始まっていた。男はシャンパンをグラスに注いでもらった。招待客の中に富豪の姿があった。男は富豪と乾杯した。男は富豪の妙な視線を感じ取った。目を合わせずにどこか別の場所を見つめていたのだ。というより、二つの目がそれぞれ逆方向を向いていた。男はシャンパンを一気に飲み干した。富豪もシャンパンを一口飲んだ。妖精の女が現れた。終

 僕は、重要だと思ったプロットをやっとのこと箇条書きにしてどこか達成感を覚えた。ここまで何かに没頭したことは久々のことだった。しかしふとした時に、まだ小説の結末に納得がいっていないことを思い出した。なぜ中途半端にパーティーのシーンで終わらせたのかが謎だった。何度もプロットを読み返しても、制作ミスとしか思えなかった。僕はとうとう諦めがついて本を鞄に入れた。

 期日よりずっと早く友人に本を返すことになった。友人は先に店の中のテーブル席に座っていた。

「遅れてすまない」

「いいや、むしろこちらが早く来すぎたよ。ところで、アレちゃんと持ってきたか?」

「なんのことだ?」

「君まさか忘れたのかい?青い鉛」

「ああ、本はちゃんと持ってきたよ」

「良かった。どうだった?」

「君の言う通りあんまりだったよ。やっぱりデビューしてないとな――」

「そうか。でも最後はなかなか面白かっただろ?」

友人は小説の結末について自分なりに理解しているようだった。僕はどうしてもその真相が気になって仕方がなかったが、友人にその意味について聞こうとは思わなかった。それは、あなたに負けましたと膝をついているのと同じだからである。僕はまるで背中の痒いところに手が届かない時のような不快感を覚えた。

「そうだな。結末には驚かされたよ」

「そうだろ?やっぱり君もそう思うか?」

「ああ」

友人が突然興奮した様子を見せたのを不自然に思いながら、その本が鞄の中へと消えていくのを眺めていた。

「他におすすめの本があったらまた貸してくれ」

「もちろんだよ。こういう話ができる友達がいて嬉しいよ」

我々は店を出てから駅で別れを告げて、それぞれ反対方向へと進む電車に扉が閉まる間際に乗り込んだ。僕は窓の向こうにいる友人に気がついたが友人はこちらに一度も視線を向けなかった。電車は距離を離していった。

 自宅まで歩いていると、ふと彼が言った「青い鉛」という言葉を思い出した。とその瞬間、大きな車のブレーキ音と共に目の前が真っ暗になった。


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