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【短編】『親父の遺産』(前編)

親父の遺産(前編)


 オレの親父は大のつく資産家だった。すでに歳は70を超えており、生きられてもせいぜいあと20年だろうと見積もっていた。親父が死んだら遺産は兄と姉と自分の三人に分け与えられることになっていた。兄は親父が買収した会社の取締役となり、姉はその会社の重役となっていた。オレだけが親父から見放され、今までもらった金を切り崩す生活を続けていた。半分は投資に回していたため食いっぱぐれることはなかったが、兄と姉との暮らしに比べると粗末なものだった。オレの唯一の希望は親父が死ぬことだった。

 当然、姉や兄たちも親父の遺産を狙っていた。なんせ親父が死ねば莫大なお金が手元に入ることは決まっているため、これほど儲かる話はなかった。いっそのこと、ここは三人で共謀して親父を殺すべきとも考えたが、できることなら遺産を全て横取りしたいと皆考えているに違いなかった。少なくともオレはそう考えていた。

 久々に親父の執事がオレの住む場所を特定してやってくると、最近の親父の話を語り始めた。オレは親父から見放されているとはいえ、自分の息子であることには変わりないと、生存確認がてら定期的にその執事をオレのもとによこしていた。執事など送らずに金を送れと思ったが、それが親父なりの憎い息子に対する愛情表現だったらしい。

「お父様は最近では自ら農業を初めましてね、毎日毎日汗をたらしながら作物を育ててらっしゃいますよ」

「そうか。ピンピンしてるじゃないか」

「ええ、あの年で農業を始めるなんて無謀でしかないのに、まさに神業ですよ。あなたのことも大変気にかけておりましたよ」

「それはありがたいこと」

「なんでも、もうすぐ息子の誕生日だから何か買ってやろうか考えていると」

オレは親父の態度が昔とはだいぶ変わっていたことに驚いたが、親父の生きている間は親父の手を借りるほど落ちぶれてはいなかった。

「どうせオレの顔なんて覚えてないんだよ」

「いいえ、しっかりあなた様のお写真を寝室に飾られていますよ」

とうとう死を間近にして親父はオレと仲直りでもしたくなったかと思い虫唾が立ったが、今さらボケ始めているジジイに向きになっても仕方がなかった。

「そうだ。動画をお見せする予定だったのでした」

執事はカバンから最新のタブレット機器を取り出してはこそこそと操作し始めた。動画を見つけたようでタブレットの画面をオレの方に向けた。オレは見たくもない動画を無理やり見せられたため、ひどく抵抗感を覚えたがすぐにその映像の虜になった。動画にはただ親父が農業に励む姿だけが映っていたものの、その退屈な映像はオレの目には歪なものとして映った。親父のもとを離れてから長い年月が経っていたが、親父はその時の若さを今でも保っていたのだ。あと20年で親父が死んで今のうだつの上がらない生活ともおさらばだと思っていたものの、親父の生き生きとした姿からはもう半世紀ほど生き続ける勢いすら感じられた。オレは親父の年齢に対する違和感の真実を突き止めようと執事に探りを入れることにした。

「おい、これはいつの動画だ?」

「つい最近撮ったものですが、どうかされましたか?」

「いや、だいぶ親父が若く見えたもんだから」

「そうですか」

「ああ」

「本人に直接おっしゃられたらさぞかし喜ばれることでしょう」

執事の言動からしても親父が特別な施術を受けたようには思えなかった。親父の資産を使えば若返りの薬を手にすることもできてしまうのではと思った自分がバカだった。オレはこの際、親父が自分に会いたがっていることを利用して親父に近づこうと考えた。直接会うことで親父を死なせる機会に巡り合えるもしれないと思った。

 久々に実家に帰ると、そこはもう昔の面影は残っておらず、ありとあらゆる箇所が改築され巨大な要塞と化していた。親父はやはり畑にいた。そしてオレを見るなり表情が一変し、オレの元へとよたよたと歩いてきた。

「我が息子よ、よく戻ってきた」

親父は両腕を目一杯広げてオレの体を包み込みこんだ。すると耳元で呟いた。

「本当にすまなかった。これまでのことは全てわしの過ちだ。どうか許してくれ」

親父は会って早々仲直りを申し出てきたが、こんなにも都合の良い話があるかと怪しげに感じた。しかし親父の死を企てているオレにとっては願ってもない機会であることには変わりなく、ひとまず親父の手のひらで転がされるふうを装うことにした。

「親父、いいんだ。全部オレが悪いんだ」

オレの体を抱きしめる力はさらに強まった。どうやら本気で謝っているように思えた。

「親父、またここに来てもいいか?」

「何を言う?ここはお前の家だ。死ぬまでここで暮らしたっていい」

「いや、ここに住むつもりはないよ。まだ違和感が抜けないんだ」

「そうか。ゆっくりでいい。慣れてきたらここに移り住みなさい」

「そうするよ」

引っ越しても特に問題はなかったものの、親父に怪しまれないことが親殺しにおけるファーストステップであるため、自分は純粋潔白であると行動で示すことに努めた。これから徐々に親父と会う頻度を増やしていき信頼を取り戻そうと心に決めた。オレは親父と執事に挨拶をして実家とされる区域を出た。

 親父はどうやったら死んでくれるか、それは単純明快だった。事故死に見せかければオレは怪しまれることはないと踏んだ。事故死と言っても自動車に跳ねられて死んだり、食べ物を喉に詰まらせて死んだり、自ら階段から転落して死んだりと死に方は様々あった。その中でも農作業中に死ぬのが一番理想的だと思った。オレは一度農場を見学したいと執事に頼んで再び実家を訪れた。しかし、その日はどうも執事の様子に違和感を覚えて仕方がなかった。何かわけがあると思い問いただそうと裏のある質問をぶつけた。

「何かオレに言うことがあるんじゃないのか?」

「え、あ、はい」

と執事はその後の言葉を言うか言わないか躊躇した。

「実は大変申し上げにくいのですが、もうお父様にお会いすることはできないのです」

「なんだって?どうしてだ!」

執事が視線を土に向けている中、ある考えがオレの頭を過ぎった。

「まさか、死んだのか?」

オレは執事の曖昧な言動をすぐに朗報と認識し、密かに勝利の喜びを噛み締めようとした。しかしそれはいとも簡単に崩れ去った。

「いいえ、お父様は生きておられます」

「じゃあ、なんで会えないんだ?」

「それが、大変申し上げにくいのですが、」

と執事は一度間をあけると、再び言葉を切った。

「お父様は、コールドスリープに入られました」


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