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【短編】『孫のガールフレンド』

孫のガールフレンド


 私は孫から小柄な機械を預かった。ちょっとばかし遠出すると言うので代わりに持っていてくれないかということだった。少々唐突のことではあったものの、孫の頼みだからと引き受けた。何しろ幼くして両親を亡くした孫の唯一頼れる存在が私であった。この機械を持って行かなくて良いのかと尋ねても、なにか作業をしながら大丈夫の一言しか返さなかった。孫はもう立派な社会人ということもありあえてどこへ行くのかも聞かなかった。

 相変わらず孫のいない家は静かだった。いつも通り食事を作るとだいぶおかずが余ってしまった。よくよく考えると孫がいないため一人前は余ることは必須だった。今日まで私はもはや祖父としてではなく親同然の気持ちで孫と住む場所を共にしていた。父親を失った孫への同情の念もあったが自分も息子を失った身であり、どこかもの寂しさから次第に孫を息子と重ねるようになっていったのだ。しかし、孫が自立してからということ孫は度々家をあけることが多くなり再び息子を失うのではないかとまるで自分の財産を失ってしまうかの如く、不安を募らせた。

 突然孫から預かっている小さな機械が金切り声を出し始めた。どうにかその奇声を止めようと画面に映るどこかしこに指を当ててみると音は止まった。孫は私にこの機械が一体なんなのか何も教えてくれなかった。一方で私も預かるだけと考えていたために孫には何も聞かずにいた。突然機械から別の音がしたか思うと何やら人の声のようだった。機械が喋ったのだ。

「ねえ、トミー!あんた今どこなの?なんで私を置いていったの?」

私は機械が喋ったことに動揺していたため、何も答えることができなかった。

「ねえ!なんか言ったらどうなの?」

機械が主人に置いて行かれて泣きべそをかいているのかと思い、一言機械に向けて言葉を投げかけた。

「可哀想に。主人に置いて行かれたのかい?ごめんよ。私は何も知らずに預かってしまったんだ」

すると機械はしばらく黙り込んでしまったかと思うと不意に呟いた。

「誰?」

「私のことかい?私は君の主人の祖父だ」

「主人?祖父?ああ、そういうこと。あら、そしたら失礼しちゃったわ。ごめんなさい。あたしトミーのガールフレンドのミナです」

私はその言葉を聞いて衝撃を覚えた。孫のガールフレンドが機械だったのだ。昨今、機械産業が盛んになってきていることは耳にしていたがまさか人権を持つまでになっているとかは思ってもみなかった。

「ミナさんは、いつから孫のガールフレンドなんですか?」

「えっとー、3ヶ月前ぐらい?」

「そうですか」

「それにしても、突然孫が行ってしまったようで、すみませんね」

「いつものことだからいいんですけどね。実は最近ケンカをしてしまって」

私は機械がケンカをしたと言ったことにどこか興味をそそられた。機械でさえも人間同様に意志を持つのか、もしくはそのような設計で作られていることが驚くべきことだった。

「どんなことでケンカをしたんですか?」

「おじいさまに言うなんてちょっぴり恥ずかしいわ」

「そうですか、そうですか。変なことを聞いてしまいましたね」

私は不思議と機械との距離感を取れているように思えたが、やはりぶしつけな質問をしてしまったということは彼女のことを人間と認識していない証拠であった。

「いえ、全く問題ないですよ。実はあたし家が家を留守にしているときにトミーが代わりに服を洗濯してくれたんですけど、帰って見てみたら大事にしていた下着が伸びてしまっていて。それであたしがひどく怒ったら彼すねてしまったんです。それ以来彼とは話せていないんです」

私はようやく孫がなぜ機械を私に預けたのかを理解した。久々に孫が家に帰ったら叱ってやろうとも思った。しかしどうも機械が下着を穿くということがわからなかった。もしやその下着が穿けなくなってしまった今彼女は真っ裸なのではないかと思えて、直接機械に視線を向けることができなくなってしまった。

「そうでしたか。全くいけないことを孫がしてしまったようで。私からも謝らせてください」

「いいんです。下着のことはもう許してるんです。それより彼と連絡がつかなくなってしまって」

「そうですよね。さぞかし心配ですよね。なんとかしたいとこも山々なのですが、私も彼に連絡する手段がなくてですね」

私は依然として機械から目を背けていた。

「おじいさま。一つお願いしてもいいでしょうか?」

「はい。なんでも言ってください。私のできることならなんでも」

「一度端末を開いていただきたいんです」

「開くと言うと、手を触れるということでしょうか?」

「はい、そうです。確か番号は」

機械とはいえど、孫のガールフレンドの裸体に触れることはどうも気が進まなかった。

「あ、思い出しました。0797です。その番号を打ち込むと開きます」

私は彼女のためと思い、意を決して恐る恐る機械に指先を近づけた。

「では、触ります」

「はい。番号を打ち込んでいただいて」

私は番号を間違えないよう慎重に彼女のあちこちに指を触れながらも、申し訳なさで頭がいっぱいになった。画面が変化すると、四角く象られたブロックのようなものがいくつも並べられていた。

「開けました」

「そうしたら、下の方にあるはずの緑色の電話のマークを押してみてください」

「下の方?本当にいいのかい?」

「ええ、押してください」

「押したよ」

とその瞬間、突然玄関の方で物音がしたかと思うと、孫が荷物を抱えて部屋の中へと勢いよく入ってきた。

「やべえ、忘れ物しちまった」

私は孫の顔を見るや否や、怒りと恥ずかしさと安堵がいっぺんにこみ上げてくるのを感じ、闇雲になって叫んだ。

「おいトミーよ。早く彼女に下着を穿かせてやってくれえ」


最後まで読んでいただきありがとうございます!

今後もおもしろいストーリーを投稿していきますので、スキ・コメント・フォローなどを頂けますと、もっと夜更かししていきます✍️🦉

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