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【短編】『計画』(前編)

計画(前編)


 ここ最近曇り気味だった空に久しく星が並び、橙黄色から深い青へとキャンバスの色を変えていた。一定間隔で聞こえる波の音が何とも心地よく、徐々に明るくなっていく空の下で黒のスバル車を走らせていた。何とも清々しい朝を肌で感じながら私は自分の管轄の刑務所へと向かっていた。刑務所に勤めて10年で看守長という役職を与えられ、異例の速さでの出世だった。それも全ては今の所長に付き従ってきたからこそなし得たことで、そういう意味では私は彼に気に入られているに違いなかった。そう遅くない未来、次期所長の座を譲り受けることすら想定に入れているほどだった。

 海風を受けながら人っ子一人いない道を車で駆け抜けていると、助手席に置かれた電話が若干跳ねたのを横目で捉えたとともに、突然着信音が鳴り響いた。普段こんな朝早くから鳴るはずのない電話が今日は特別に鳴っている状況から、私は咄嗟にそれが緊急の知らせであることを悟った。私は道端に車を止めて電話を取った。

「はい、もしもし」

と呟くと同時に向こうもそれに重ねて話した。

「看守長、囚人の脱獄を許しました!」

「何だと?状況を説明しろ!」

「今朝方、とある囚人の部屋を一人の看守が見に行ったところもぬけの殻になっていたそうです」

「そうか。その囚人は何者だ?」

「詳しくはわかりませんが、重犯罪で捕まっている者とのことです」

「何だと?それは大問題だ。至急所長にも伝えろ」

「わかりました」

「私もすぐに現場に向かう」

と言って電話を切った。私は囚人の脱走が一人だけであったことに安堵しながらも、今後事態が悪化しかねないと危機感を募らせながら刑務所へと急いだ。

 刑務所に到着すると、警報音が鳴り響いていた。脱走が発覚してからずっと鳴り続けていることから事の重大さを今一度実感した。所長室に入ると所長は険しい表情で報告書を読みながら、今しがた起こった事件に対しての対応策を考えているであろう様子で大きな椅子に深く腰掛けていた。

「やっと来たか」

「遅れてしまい大変申し訳ありません。状況は?」

「特に変わっていない」

「警察に連絡しましょうか?」

「だめだ」

所長は突然目つきを鋭くして私を睨んだ。

「このことは外部には漏らすな」

「でも」

と言いながらも、脱獄を許したとなると所長だけでなく私の立場も危うくなるのは十分承知のことだった。

「わかりました。下の者にも外部への報告を一切禁じさせます」

所長は再び報告書に視線を移すと、少し低い声で私に聞いた。

「それにしても、この脱獄囚は君の管轄下ではないか」

私は所長の低い声に違和感を覚えながらも話に耳を傾けた。

「はい」

「なら、責任を取ってもらうのが筋かもしれないな」

私は衝動に押し負けてすぐに所長に返答した。

「しかし、監視は徹底しておりました。実際にここ数年私が就いてから一度も事件は起きていません。現時点では状況を把握できていませんが、必ずやその原因を突き止めます」

「それは当たり前のことだ。そうしてもらわなければ困る」

と所長は変わらず報告書を見ながら話した。

「しかも脱獄を手助けした者がいるらしいじゃないか」

私はその新たな情報が所長の口から出てきたことに焦りを覚えた。

「我々の中にですか?」

「いいや、受刑者だ」

先ほど所長は状況は変わっていないと言っていたが、協力者がいたことがわかっているということは、実際には私が刑務所に到着するまでの間に状況が一変していたことは間違いなかった。事態を把握できずにいる今、所長からの情報が唯一の手がかりで、これからどう動くかは所長の指示次第であった。すると社長は言葉を切った。

「君は昇進を望んでいたな?」

「はい」

私は所長の口から昇進という言葉が出てきたことに驚きを覚えながらも冷静を装った。

「一つ提案なんだが、もしその協力者を見つけ出すことができたなら君のことは何とかしよう。もしできなかったらわかっているな?」

私は所長のその慈悲深さに感謝しながらも自分がこれまで所長に尽くしてきたことを鑑みれば当然のことのように思えた。しかし同時に、自分が今最悪な状況に立たされていることも受け止めつつあった。私はこれまで何度も上にへりくだってきては、ようやく所長のもとで仕事を任せられるようになり、さらには他の者たちを蹴り落としてでも、所長のあらゆる指示に従いながらこの座を維持してきた。しかし昇進まであと一歩のところでこの様だ。この世界はなんて不条理なんだろうかと嘆く気持ちを抑えて、なんとか所長からの信頼を取り戻さなければと私はこれまで以上に心を燃やした。

 まずは、状況の整理が最優先事項であった。脱獄犯の追跡はすでに所長の指示で始動していたため、心配はなかった。しかし最も重要なのは、脱獄犯を捕らえることよりも囚人がどのようにして脱獄を図ったのか。そして所長の言う協力者が誰であるかを突き止めることだった。私はそれらを調査すべく現場へと急いだ。


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