フォルテシモ&ロマンティック協奏曲 第十四回:神の子たちの奇跡
大振拓人と諸般リストが協奏曲を完成させたとの報を受けてレコード会社とイベント会社はコンサートの開催の開催は可能と判断してコンサートの詳細とチケットの販売について協議に入った。それから間もなくして各マスメディアでコンサートの開催とチケットの販売が正式に発表された。大振と諸般の競演コンサートは記者会見で大振が宣言した通り武道館で行われる事になった。コンサートのタイトルはズバリ『フォルテシモ&ロマンティック協奏曲初演 日米の若き天才が奏でる七色の調べ!』である。完全に今のLGBT時代を象徴するタイトルであるが、今の世界でこの二人ほどこのタイトルにふさわしい人間はいないであろう。この神に選ばれし二人こそ人類を新しき道へと誘っていくのだ。
チケットはまず先行分から発売されたが、チケットの販売の遅れのお詫びとして先行分のチケットに特典として大振と諸般の協奏曲『フォルテシモ&ロマンティック協奏曲』の楽譜ダウンロードサービスがついていた。先行分が発売された途端、日本だけでなく世界中のファンが殺到し0.0000000000001秒でチケット販売は終了したが、運よくチケットを購入できたものたちの中に例の大振と諸般のマッシュアップの動画の作成者もいた。彼女は早速楽譜をダウンロードしてそれを見たのだが、その楽譜の第二楽章の部分が自分のマッシュアップしたものとよく似ていることに驚いた。しかし彼女はすぐにこの曲が自分のマッシュアップ動画が遥かにかすむほどの神曲だという事に気づいた。やがてネットでもパクリ疑惑が広まり心無い連中や野次馬によって大振と諸般は非難されたが、彼女は大振と諸般のために言下にそれを全否定しSNSでこう書いた。
『皆さん、偉大なる音楽家タクト・オオブリとショパン・リストへの中傷はやめてください。あの二人が私のマッシュアップ動画をパクったなんて出鱈目です。二人はアーティストとしてフォルテシモでロマンティックな霊感に導かれてあのような神さえも驚かしめる偉大な曲を書いたのです。その曲と私のマッシュアップが似ているのはタクト・オオブリとショパン・リストへを愛する私たちファンの思いが二人のフォルテシモでロマンティックな霊感とどこかで共振していたからでしょう!二人は現代に現れた神の子。私たちの前に現れたWイエス・キリストなのです!そのキリスト達が私たちの望んだ通りの曲を書いてくれたのに何故パクリなんて汚い言葉で批判できるのでしょうか!私は二人に曲をパクられたなんて思いません!ただこの神の子たちの奇跡をブドーカンで見守るだけです!』
このマッシュアップ動画作成者がSNSでの発言はあっという間に各言語に翻訳されて大反響を巻き起こした。二人のファンはマッシュアップの投稿者を二人のイエスを結びつけた彼女を偉大なる母マリアと称え、自らが持つ全メールアドレスでもてる限りのアカウントを作ってフルパワーのグッドを押したのであった。一般のクラシックファンもまた彼女を寛大な精神の持ち主と称えた。
たしかに彼女やその他の楽譜の読める人間が察知したように大振と諸般のピアノ協奏曲の第二楽章は明らかに彼女のマッシュアップ動画が元になっている。彼女が第二楽章の元となったマッシュアップ動画を作成しなかったら、この二十一世紀の神曲が誕生しなかったのは事実であろう。しかしこの神曲はそんな事実さえも宇宙の遥か彼方へと追いやってしまうような凄まじさがあった。ネットでのパクリ騒ぎに乗じて世界中のメディアがアメリカに住む彼女にインタビューを申し込んだ。だが、アメリカ人としてありえないほど控えめな彼女はそれらのインタビューを全て断りこんなコメントを寄せた。
『皆さん、私は今タクト・オオブリとショパン・リストがブドーカンで神の奇跡を起こすまで沈黙を続けるつもりです。皆さんもその時まで、静かに二人を見守っていてあげて下さい』
チケットの一般発売を前にして各メディアが一斉に大振りと諸般の特集を組み始めた。二人の馴れ初めをその最初の共演での出会いから、二度目の共演の為に来日した諸般が成田で倒れ、その介護を大振がしていたという感動エピソード。そして苦心の果て二人が産み落とした神曲ピアノ協奏曲の事までテレビ各局はドラマからニュースに至るまで全番組をとっとと休止して一日中大振と諸般を特集した。新聞も世間を揺るがすあの大事件を三面記事の隅っこに載せ大振拓人と諸般リストの動向を毎日一面にデカデカと載せた。SNSもまた大振と諸般の話題しか出てこなくなり、その他のニュースや世間の話題は全くなくなった。こうして世界は大振と諸般で満ち溢れその他の世間を揺るがす大事件はなかったことになり、少なくともニュース上では世界に平和が訪れたのであった。これも現代のWイエス・キリスト大振拓人と諸般リストが起こした偉大なる奇跡であった。
さて、こうして各メディアが騒いだせいで大振と諸般の共演コンサートの一般発売のチケットはもはや一般大衆には手に入らないものになってしまった。各メディアがそろってチケットを買い占め、その残りっカスのチケットが申し訳程度に発売されたが、それもパイの奪い合いであった。しかも今回は海外からも大量のチケットの応募があり、一般の日本人は完全にのけ者にされていた。特に割を食ったのが、大振ファンの女子たちであり、彼女たちはチケットを購入した外国人の諸般リストファンを逆恨みし、拓人を私たちから奪うなと猛烈にディスった。外国人の諸般ファンもそれに対抗してリストを奪っているのはどっちだとディスり返した。ああ!つい先日までは大振と諸般の七色の光を浴びて一緒ににこやかに微笑んでいた者たちが、コンサートのチケット一つでここまで争うとは!やはり人間とはどこまでもエゴから逃れられないのか。互いのファン同士、いやそれぞれのファン同士までもがチケットを巡って不毛な争いをするようになった。チケットを手に入れられなかったレミゼラブルな人々は、チケットを手に入れたシンデレラな人々を猛然と攻撃した。ああ!このありさまを大振と諸般が知ったらどれだけ悲しむだろう。自分たちが発している七色の光の下ではこんなに醜悪な争いが繰り広げされているなんて。
だがその時再びマッシュアンプ動画の作成者が登場してSNSにYouTubeのURLを貼り付けてこうメッセージを発したのである。
『迷える七色の子羊よ。愚かな争いはやめなさい。Wイエス・キリストのタクト・オオブリとリスト・ショパンがあなたたちを見て悲しんでいます。このマッシュアップ動画を見て自分たちの心がどれほど汚れているかイマジンしなさい。そして七色の心を取り戻しなさい。でなければ神の奇跡はあなた方の元には降りません』
YouTubeにあったのはこのコメントが画面に貼りつけられたあのマッシュアップの動画であった。双方のファンはこのどこまで砂糖菓子のように甘い曲を聴いて自分たちの争いごとが愚かしくなった。ああ!私たちはなんて愚かだったの?二人の七色の愛の光を浴びながらどうしてこんなに醜い争いが出来たのだろう。彼女たちはみんなして自らの愚かしさを詫びた。
そのコンサートの主役である大振拓人と諸般リストはそんな世間の大騒ぎをよそに今本番に向けての最後のリハーサルをしていた。ああ!この二人の兄弟は、この七色の絆で結ばれたもの同士は今真に一つとなろうとしていた。そそり立つ指揮棒とそれに呼応して鳴り出すピアノ。その愛に満ちた絡みはまるでギリシャの神々の睦まじい姿そのままであった。
二人にもう迷いはなかった。あとは導かれるままにただ愛への道を走ればよかった。その先にはきっと七色の奇跡が待っているだろう。休憩中、大振はピアノの椅子にもたれかかっている諸般を見て微笑んだ。諸般もまた仁王立ちしている大振を見上げて微笑んだ。もうすべての準備は終わった。あとはコンサートを待つだけだ。
そして大振拓人と諸般リストのコンサートの日がやってきた。今回のコンサートは音楽界どころか日本の政治経済を全てストップさせるほど話題になっている大振拓人と諸般リストの共演コンサートであった。だからマスメディアでは緊急情報をアラートで度々地方のものは東京に来ないでくれと警告を出していた。だがその警告もまるで効果がなかった。大振りと諸般の奇跡のコンサートを求める群衆は予想以上に多く、全国のレインボーマン、レインボーウーマンがが大挙して東京になだれ込んでしまったのだ。政府はその事態を受けて緊急事態宣言を発動し陸海空の交通機関はすべてストップさせ、チケットなしものは道路さえ歩けなくしたが、大振と諸般を求めるレインボーたちはそれに屈せず警官をぶち倒し拳を掲げて武道館を目指したのであった。これは革命であった。情熱のレインボー革命であった。ああ!七色の光は全てを自由にする。人種も、セックスも、すべて超えて愛へと向かうのだ。
コンサート会場である武道館の周りのすでに封鎖されている九段下や水道橋やその他の駅の前ではチケットを購入できなかったレインボーたちのまとめ役たちがチケットを求めて通行人に暴行やチケットと引き換えに自分を捧ぐような行為をやめるように戒めていた。
「みんな聞いて!今から武道館で行われるのは拓人とリストの七色の光に満ちた自愛のコンサートなの。だから大人しくここで二人を見守りましょう!決して人からチケットを奪ったり、チケットの為におぢさんに自分の体を捧げるなんてことはやめて!せめて今日だけは聖母マリアのように拓人とリストを見守るのよ!」
会場である武道館前は七色の光に満ち溢れていた。武道館の壁に四五メートルはあるのではないかと思われる巨大な大振拓人と諸般リストの肖像画が取り付けられていた。二つの肖像画の背景には七色の光が描かれており、これはまさに七色の祝祭の場であるこのコンサートに相応しいものであった。この二つの肖像画には一つ仕掛けが施されていた。なんと絵の取り付けられている壁を動かことで二人が向かい合わせになる仕様になっていたのだ。時報がなるとこの二つの肖像画はまるで互いを見つめるように向かい合わせになっていった。レインボーたちはその絵の徐々に向かい合わせになってゆく動きを見て大振と諸般のキスする場面を想像するのだった。
その二人の照らす七色の光の下で全世界のレインボーたちは七色の衣装を纏ってピースフルな空間を作っていた。このレインボーたちは国籍や人種や性別を超えてただ人間としてここにいた。会場のグッズ売り場には七色に染め上げられた大振と諸般の顔写真が売られており、レインボーたちはそれを求めて我もと手を差し伸べるのであった。ああ!暴動が日常茶飯事の大振のコンサートでここまでピースに満ちた空間があっただろうか。この地球の最先端を行く七色のレインボーたちを見て、今まで大振を広告代理店の客寄せパンダ、あるいは公金チューチューの詐欺師とバカにしていたリベラルのインテリは己の考えの浅はかさを猛省した。そうしてレインボーたちがピースフルな空間でピースフルに過ごしているうちに時間は進み、開場時間まであと少しとなった。
するとどこからか大振の交響曲第二番『フォルテシモ』の第四楽章の歌謡曲……いや、バカにでもわかるほど芸術的な甘いメロディーが流れてきた。それと共にレインボーたちが一斉にあの大振の歌謡……いやバカにでもわかる崇高なる絶唱『抱きしめたい』を歌い出したのである。
「抱きしめた~い♬世界中のぉ~誰よりもぉ~♬あなたをぉ~♬はなしたくない~♬」
この大振が自作の交響曲のコンサート中に自分の元から去ったイリーナ・ボロソワを思って即興で歌った失恋ソングはレインボーたちよって七色に光るWキリストを称えるアンセムとなった。会場前のものは勿論、会場の外の人々、さらに日本中にいるレインボーたちや、ネットを通して世界中のレインボーたちが一斉に『抱きしめたい』を唱和した。その時武道館の方から会場のアナウンスが鳴り響いた。これを聞いたすべてのレインボーは整然と列を作って粛々と入口に向かったのである。
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