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《連載小説》BE MY BABY 第十九話:ベッドシーン

第十八話 目次 第二十話

 照山は心の中で葛藤していた。北川によって暴露された美月のあまりに悍ましい過去。あまりに悍ましすぎて目の前の美月さえ穢らわしく思えた。だけどそれも美月なのだ。美月さんはあの時僕に私は綺麗な女の子じゃないのって言った。僕はその彼女の告白を聞いて誓ったじゃないか。彼女を救おうって。あの時の決意は嘘だったのか。僕の美月さんへの愛は彼女の過去を知ったぐらいで壊れてしまうものだったのか。彼女はRain dropsによって悍ましい過去と決別することができた。だから僕は今のピュアな彼女を抱きしめてやろう。今の美月さんは昔の彼女とは違うんだ。照山はこう決心すると顔を上げてゆっくりと美月の方を向いた。そして美月に声をかけようとしたが、しかしその時北川が美月にとんでもない事を言ったので言葉を失ってしまった。

「怒らせてごめん美月ぃ。酔っ払ってるんだから気にすんなよぉ。お願いだから笑ってやり過ごしてよぉ。近いうちに俺らベッドシーン撮らなきゃいけないんだからそれまでは仲良くしとこうぜ」

 照山はこの北川の爆弾発言中の爆弾発言を聞いて気を失いそうになった。ベッドシーン⁉︎ なんだそれは!そんな話、美月さんから全く聞いていないぞ!どういう事なんだ美月さん!君は僕にこれからは二度とキスシーンもベッドシーンもやらないないって言ったじゃないか!あれは嘘だっというのか?彼は美月の真意を確かめようと遠慮なしに美月をガン見した。

 美月もベッドシーンのことは完全に寝耳に水だった。彼女は北川が冗談を言っていると思い「冗談はやめて!」と叫んだ。しかし北川は思いっきり笑って言った。

「なにが冗談だよ!台本にも書いてあるじゃねえか!お前ひょっとして十二話の台本もらってないの?そこにベッドシーンしっかり書いてあるんだけど。だけど感慨深いよなぁ〜。初出演のドラマで芸能界を一緒に戦い抜いてきた戦友とベッドシーン演じるなんてさぁ〜!」

 美月はもう北川なんか無視してプロデューサーを激しく問い詰めた。

「富士さん、どういうこと?私何も聞いてないよ!最初に主演のお話もらった時、あなたはこのドラマは女性の友情がメインのドラマだからベッドシーンなんかないって言っていたじゃない!だからドラマを引き受けたのに!」

 プロデューサーは美月の追及にまごまごしてぐだぐだ言い訳を始めた。

「たしかに最初はそうだったんだけどねえ。……脚本家の先生がねぇ、やっぱり綺麗事ばかりじゃ視聴者に何も届かないって言い出してねぇ、ベッドシーンいれたら多少はリアル感が出るんじゃと仰って」

「なんなのよそれ!意味わかんない!それだったらどうして私の事務所になんの報告がないのよ!台本も寄越さないで!」

「だって事務所に報告したら美月ちゃん絶対ベッドシーン拒否るし……」

「ふざけんなぁ!」

 もう照山の頭の中には現実の有象無象など入る余地はなかった。北川から美月とベッドシーンをやると聞いた瞬間から彼の頭の中は完全に美月のベッドシーンで覆い尽くされてしまった。ああ!美月がよりによってバカアイドルの北川光とベッドシーンをするなんて!ベッドシーン!ベッドシーン!あんな奴に美月さんのあんなところやこんなところを痴漢されるなんて!悍ましい!あまりにも悍ましい!美月さんは天使じゃなくちゃいけないんだ!僕のたった一人の!照山は今ハッキリと頭のどこかがブチ切れる音を聞いた。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎

 照山は会場に轟くような大絶叫を上げながら打ち上げ会場を突っ走った。美月は照山を必死に呼び止めようとしたが、もはや彼女の言葉は照山には届かなかった。

 美月はそれからすぐに照山を探すために打ち上げ会場から出た。彼女はまず照山に電話をし、次にLINEにメッセージを送ったがなんの反応もなかった。彼女はレストランに電話をして照山が来ていないか聞いたが、残念ながら来ていないどころか連絡さえないという返答だった。どこに行ったら照山に会えるのか。彼女は泣き腫らした目を拭きもせず照山を探して夜の街を彷徨った。しかし結局照山は見つからず日が昇り始めた頃、再び照山にLINEを送った。彼女はその中で昨夜の事を詫び、そして改めてベッドシーンはしないと誓った。


 照山は大絶叫して打ち上げ会場を飛び出した後、そのまま直行で自宅に戻っていた。彼は自分の部屋に入ると床を転げ回って思いっきり号泣した。ああベッドシーン!なんと呪わしい言葉か!ベッドシーン!今ではそれが芸能界の全ての悪を象徴する言葉に聞こえる!ベッドシーン!ベッドシーン!頭の中にこびりつくこの呪わしい言葉から溢れ出てくるあまりに淫らで悍ましい想像!何故、何故美月さんがベッドシーンをしなければならないんだ!彼女は僕たちRain dropsの音楽で過去の堕落から抜け出したばかりなのに!スマホから度々通知が来ている。だけどベッドシーン。この言葉が頭にこびりつく限りスマホなど手に取る気になれぬ。照山はそれから世が明けるまで頭にこびりつく呪いのベッドシーンと戦った。

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