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《連載小説》BE MY BABY 第二十話:別れの言葉

第十九話 目次 第二十一話

 そして朝靄の中ようやく我を取り戻した照山はやっとスマホを開く事が出来た。スマホには美月からの夥しい通知があった。美月だらけの着信履歴。美月だらけの留守電。美月だらけのLINE。それらの大量の美月を見て照山は涙を流した。彼は一通り美月のメッセージを読み、それからもう一度最初に読んだ美月の最新のLINEを読んだ。そこには昨夜の謝罪とベッドシーンは絶対にやらないという内容が書かれていた。

『……最後にもう一度照山くんに誓います。私、美月玲奈はこれから先、何があろうとも絶対にベッドシーンはしません』

 照山はこのLINEの最後の部分を血走りすぎた目で何度も何度も読んだ。そして納得するまで読むと目を閉じて美月の事を考えた。美月があれほど堕落した人生を送ってきたのは芸能界に囚われているからだ。芸能界に囚われているが故に彼女は堕落し、そして今ベッドシーンという呪いをかけられようとしている。美月はLINEでベッドシーンはしないと誓いを立てたが、しかし芸能界に囚われている彼女がどうやってベッドシーンに立ち向かえるのだろうか。美月の周りにはベッドシーンの誘惑が多すぎる。あらゆる人間にベッドシーンを勧められ、そうして知らず知らずのうちにベッドシーンの呪いにハメられていくのだ。

 美月を芸能界という地獄から救おう。そうすれば彼女は二度とベッドシーンの呪いにハメられなくて済むのだ。今すぐ救わねばならぬ。そうしなければ彼女はベッドシーンの呪いに完全に囚われてしまう。照山はそう決意すると早速LINEを開いて美月へのメッセージを書いた。

『美月さん、昨日はごめんなさい。僕は君の過去と君がベッドシーンをやるという話を聞かされた衝撃で思いっきり混乱してしまったのです。僕は家に帰って一晩中君の事を思って泣いていました。君がどうしたら完全に救われるのか。君がどうしたらピュアな君自身でいられるかを頭を掻きむしりながら深く考えたのです。その結果僕はこう考えました。多分僕が今から書くことは君にとって耐えられない事でしょう。だけどこの方法でしか、君は君自身を救えないのです。

 お願いです。今すぐに芸能界を辞めてください。永久にベッドシーンから逃れるには芸能界から引退するしか方法がないんです。君はベッドシーンは最新のLINEで絶対にやらないと僕に誓ってくれました。だけど芸能界という頭の悪い豚しかいない地獄では君は絶対にベッドシーンの誘惑から逃れられません。一体君のようなロックも文学も完全に理解できるほど頭のいい人間が何故そんなに芸能界のようなバカしかいない世界に居続けるのでしょうか。芸能界は嘘を撒き散らす世界です。ドラマも嘘、映画も嘘、全部が嘘だらけの世界ではどうやったってまともな人間にはなれません。君は芸能界に居続ける限り、また堕落し、またベッドシーンの誘惑に取り憑かれてしまうのです。そうなる前に君自分を救いたいならもう完全に芸能界から縁を切って下さい。それが君を救う唯一の道なのです』

 ベッドシーンに取り憑かれた男、照山は興奮状態でLINEを書き綴り、そしてようやく書き終えた時、彼は自分が美月の救世主か白馬の騎士になったような錯覚を覚えた。照山は自分の文章を何度もチェックした後で美月に送った。それから彼はそれから他のメンバーやマネージャーやレコード会社からの連絡を全て無視して、一日中美月の返事を待った。時間がやたら長く感じた。美月は僕のメッセージを読んで自分がどうすべきか悩んでいるのだろうか。だけど悩む必要などないではないか。君が完全に救われる方法は芸能界を引退する事。それだけなのだから。

 しかし、時計が十二時を過ぎた時、ようやく美月からLINEのメッセージが届いた。照山はとうとう彼女が芸能界からの引退を決意したと喜んで早速LINEを開いた。だがそこにあったのは引退するという言葉ではなく自分への強烈な非難の言葉であった。

『……私は今まで生きてきてこれほど酷い言葉を言われたのは初めてです。しかもそれを一番大好きな照山くんに言われるなんて。読んだ後ショックと怒りで思わずスマホを叩き割ろうとしてしまいました。私たちがいる芸能界が地獄ですって?私たち俳優がみんなで一丸となって作っているドラマや映画が嘘だらけの世界ですっ?照山くん、あなたは一体芸能界の何を知っているんですか?何にも知らない人間に私たちの事を好きに書かれたくはありません。私ハッキリ言って頭に来ています。確かに私たちは照山くんみたいに純粋な少年のようなものは作れません。でも私たちはそれでもいいものを作ろうと日々頑張っているのです。その私たちを一絡げにバカにするような事を言うのはやめて下さい』

 照山はこのメッセージを読んで美月がここまで芸能界という地獄に侵されているのかと思って唖然とした。自分をここまで堕落させた芸能界をここまで庇うとは。彼女はまさか自分がどれほど酷い堕落に堕ちていたかまだわかっていないのか?ならばハッキリと教えねばならぬ。照山は憤激して再び美月に宛ててメッセージを書いた。今度は美月に自身が芸能界という地獄に自身がどれほど犯されていたか知らしめるために、北川が話した彼女の過去の堕落を挙げて徹底的に批判した。

『……いいかい?君は昔有名になりたいという浅はかな考えでいろんな人たちと一夜を共にしたそうだね。だけどそれは世間では買春と言われるものなんだよ。君は芸能界にいるから自分の罪の重みを認識できないんだ。そんな君がベッドシーンなんて買春の真似事を拒否できるはずがない。何故なら君は自身が買春していることさえ理解できないのだから。君が自身の罪の愚かさを認識し真から更生するには芸能界を引退するしかないんだよ』

 照山はここまで書けば流石の美月も自分の罪の愚かしさに気づくだろうと思った。美月はマグダラのマリアのように涙を流して彼女のイエスキリストたる自分に跪くだろうと思った。だがそね希望はあっさりと打ち砕かれた。美月からいくらもしないうちに来た返事はこれ以上ないぐらいほど激しい怒りのメッセージだった。

『あなたふざけてんの?なんであなたに私の過去を偉そうに説教されなきゃいけないのよ。私がやってる事が買春?芸能界にいるから私が自分の罪を認識できない?私がどれだけ芸能界で努力してきたかも知らないでよくそんな事言えるね。がっかりだよ。あなたはもっと人の心がわかる人間だと思ってた。あのもうLINEしなくていいから。あと電話もメールもしないでね』

 このあまりに冷たい拒絶を読んで照山は思いっきり号泣した。美月を芸能界とベッドシーンから救おうというあまりとんでもない事を書いてしまった。ああ!美月さん誤解しないでおくれ!僕は君の過去をあげつらって批判したつもりは全くないんだ!僕はただ君を芸能界の堕落から救いたいだけなんだ!

 照山はそれから何度も美月と連絡を取ろうとした。だが美月がLINEに書いた通りどこにもつながらなかった。LINEもブロックされ、電話メールも着拒され、しょうがないので美月の事務所に電話したが即ガチャ切りされた。もう僕らは終わりなのか。照山はショックのあまり入ってきた全ての仕事をキャンセルし、部屋にこもってひたすら美月を想った。全ては誤解なんだ。僕は君を真から救いたいだけなんだ。それなのにどうしてわかってくれないんだ。照山はスマホで撮った美月と一緒に撮った写真をひたすらスクロールしていた。僕らの恋はもう終わりなのか。あの輝かしい恋がこんな最悪の結末で終わるなんて!床にはいつの間にか髪の毛が大量に落ちていた。彼は床の髪の毛を拾ってゴミ箱に捨てた。そしてまたスマホのLINEを開いた。そこで照山は今まで消えていた美月が再表示されているのを確認したのだった。ああ!まさか!美月さんは僕を許してくれたのか。いや違う、ただ僕に弁明の機会を与えてくれただけだ。だがそれでも照山はうれしかった。美月さんに改めて僕の言わんとしていることを伝えたらきっと彼女は僕をわかってくれる。いや、そうでなくてはならないのだ。なぜなら彼女は僕の唯一の人だから。照山はスマホの前で涙を流しながら改めて美月へのメッセージを書いた。彼はそこでまず美月を傷つけたことを詫び、それから自分がどれほど美月を必要としているか、自分が真から彼女を芸能界という地獄から救い出し、二度とベッドシーンを必要としない世界に連れて行ってやりたいか、そして最後にとうとう自分が今まで口に出さなかった言葉まで書いた。

『……美月さん、僕はこの数日間ずっと君の事しか考えていなかった。君なしの世界がどれほど空っぽで生きていても意味のない世界であることを心から理解したんだ。もうこんな事読まされるのは君もうんざりするだろうけど、やっぱり僕は君が芸能界という地獄に囚われているのを見ているのが、身を引き裂かれるぐらい辛いんだよ。たとえ君が強い人間だったとしてもそんな地獄にいたら絶対にベッドシーンの誘惑に負けてしまうよ。お願いだ。この憐れな僕のために芸能界を引退してくれ、そしてベッドシーンなき世界へ二人で旅立とうよ。僕は君と一生添い遂げたい。君と結婚したいんだ。美月さん、僕は君の返事をいつまでも待っているよ。たとえ時が終わっても君の返事を待ち続けるよ。』

 美月に向けてメッセージを送信すると照山は床にスマホを置くと足を組んで座禅を始めた。照山の心は美月への想いをすべて書いた満足感で澄み切っていた。あとはこうしてひたすら美月の返事を待つだけだ。彼女はきっと僕の想いに応えてくれる。だって僕らは純潔な愛で結ばれた者同士なんだから。その彼の願いが叶ったのか、夜半過ぎに美月からのメッセージが届いた。照山はスマホの通知音を聞くとかっと目を開きすぐさまスマホを開いた。そして無言で美月のメッセージを読み終えるとガックリと床に倒れこんだ。それは美月の別れの手紙であった。

『照山君、メッセージありがとう。今までブロックしててごめんね。本当はそのまま放置しとくつもりだった。だけどこのまんま喧嘩別れみたいに別れるなんて辛すぎるから最後にお別れのメッセージを書こうとしてブロック外したんだ。だけどいざお別れの手紙を書こうとしても何から書いていいかわかんなくて、それでずっと迷ってて、だから開いたままにしてたんだ。本当にゴメン。照山君のメッセージ読みました。読んでやっぱり私は照山君にふさわしい女の子じゃなかったんだって事を思い知らされました。照山君が私を本気で心配して芸能界から引退しろって言ってくれた事、実は結構私の心に刺さってた。照山君の文章読んで世間はこんな風に私たちを思ているんだなって思ったし、自分もどこかで照山君と同じように芸能界を見ていたことにも気づかされた。芸能界でずっと生きてきてやめようと思ったことなんか何度もあるよ。Rain dropsを初めて聴いた時芸能界の外にはこんな純粋な世界があるんだって本気で感動したよ。出来たら照山君と一緒にその純粋な世界に旅立ちたいってちょっとの間だけど真面目に考えたこともあった。だけど私にはダメなんだよ。私は照山君と生きていくにはあまりにも芸能界に溺れすぎて、この汚れた水じゃないと生きていけない体になっちゃったんだよ。さよなら照山君、あなたと過ごしたのは短い間だったけど本当に幸せだった。結局手ぐらいしか繋がなかった私たちだけど、本当に最高の恋だった。私はこれからずっとあなたの事を忘れません。照山君、私はこれからもRain dropsを応援し続けます。いつまでも少年のような心で私たちを照らしてください。From:かつてあなたの恋人だった美月玲奈より』

 人間がこれほど泣くことがあったろうか。照山の泣きっぷりは後にギネスブックに確実に乗るほどのものであった。照山の涙は床上浸水を引き起こしてしまった。涙は床から下の階に漏れマンションの鉄筋コンクリートまで錆びさせてゆく。彼はたった今美月という希望を失った。もしかしたら自分を少年から大人へと成長させてくれる人を完全に失った。だが、彼は立ち上がらねばならなかった。長い夢から覚めねばならなかった。照山は泣き終えると、何故か沢山落ちている濡れた髪の毛を拾ってゴミ箱に捨てると、スマホを手にしRain dropsの事務所に電話をかけ明日のスタジオ練習に参加する旨を伝えた。

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