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《連載小説》BE MY BABY 第二十一話:再会

第二十話 目次 最終回

 我らがRain dropsの東日本ツアーは関東を回り、東北へから北海道へと北上していったが、そのツアーの様相は西日本と武道館のライブから大きく様変わりしていた。ツアーのセットはほとんど変わっていなかったが、照山が大きく変わっていた。彼は西日本ツアーに比べてぐっと口数が少なくなり、演奏もどこか陰鬱なものになっていた。あるライターはこれはRain dropsが成長した証と評したが、ライブを追っかけているファンはその評はどう見ても違うと反論した。いづれにせよRain dropsはここで大きく変わってしまった。それは未来の東京ドームで起こる悲劇の始まりでもあった。

 Rain dropsは東日本ツアーを北海道で終えて、全国ツアーの最後を飾る東京ドーム公演のために再び東京に戻ってきた。マスコミは相変わらずRain dropsを取り上げまくったが、肝心のバンドは以前のようにマスコミの前に出ることはなく、すべてレコード会社が代わりに対応していた。そして東京ドーム公演が行われたが、これは武道館公演と真逆の意味で伝説のライブだった。Rain dropsはライブ中に全くMCをせずただ淡々と曲を演奏した。その演奏はオホーツク海よりも冷たいと評されるほどのものであった。ファンは崩れそうになりながら必死で演奏し歌う照山を見てもしかしたら死んでしまうかもと本気で心配した。武道館ライブと同じくアンコールのラストで演奏された『少年だった』は武道館の時の高揚感と真逆の異様な冷たさで観客を突き刺した。そして全曲演奏し終えると、Rain dropsは挨拶もせずにステージから去っていった。

 その夜の事であった。東京ドームのライブ後Rain dropsのメンバーはドーム近くのホテルに泊まっていた。メンバーは自分たちにあてがわれた部屋に入ってそれぞれの部屋でテレビを観たり、ゲームをしたり、あるいは屁をこいて寝ていたが、照山は何もせずただテレビの真っ暗な画面を見つめていた。もうLINEなどはしなかった。連絡はすべてメールやフェイスブックでするようになっていた。沈黙の中で彼はふと美月玲奈の事を思い浮かべた。しかし思い浮かべた瞬間照山は首を思いっきり振った。ああ!いまだに僕は美月の事に未練があるのか。だけどあの人はもう僕の元から永遠に去ってしまった。あの人は芸能界の人、僕とは住む世界が違うのに。

 照山は冷水を飲んで頭をスッキリさせようと部屋に置いてある冷蔵庫に行こうとしたが、その時いつの間にか床に落ちていたテレビのリモコンを踏んでしまった。その途端テレビがパッと光ってホテルらしき場面を映し出した。それはどうやらテレビドラマのようであった。60インチのテレビの液晶画面の中にはカップルらしきものが部屋の真ん中で抱き合っているのが見えた。照山はこれを見てバカげたドラマだと憤然としてすぐにテレビを消そうとしたが、その時彼はカップルの女が美月に似ているのを認めて思わず目を見開いた。

 まさかここに写っているのは美月なのか?そう思った途端画面は美月本人だとアピールするかようにクローズアップになった。ああ!何故、何故美月がここにいるんだ!もうとっくに別れたはずなのに、もう忘れようと思っているのに!クローズアップの美月は照山の前で画面の外の男に微笑みかけてゆっくりと顔を近づけた。ここで画面は切り替わって今度は男がクローズアップになった。照山はこの男の顔を見て愕然となった。こいつはあの北川光じゃないか!いったいこれはどういうことなんだ!だが照山にはこうなることはわかりすぎるほどわかっていた。ああ!あの時力づくでも美月を芸能界から引退させておけばよかった!そうすれば彼女は今僕の隣にいたはずなのに!

 今照山の目の前で美月と北川は熱いキスを交わし始めた。これからの場面は彼にとってまさに芸能界の地獄であった。しかし地獄はまだまだ続いた。美月が肩を露わに出したシャワーシーン。それぞれ胸と腰に一枚のバスタオルを巻いただけの破廉恥な姿ででベッドの脇に座っている美月と北川。ああ!とうとう美月と北川がベッドに上がってしまった。ベッドに横たわっている美月。その彼女の顔から肩を横から舐めるように撮るカメラ。北川は美月に向かって「いいのか?」なんて演技じゃなきゃ絶対に言わないセリフを吐いて美月の上に乗った。美月は「いいよ」と答えて北川から顔を逸らす。ああ!照山は今すぐ液晶の中に飛び込んで美月を助けたいと思った。こんな事今すぐにやめさせてやると。

 だが、その時照山は北川から顔を逸らしてこちらに顔を向けている美月が何かを決意した表情で一筋の涙を流したのを見てその場に立ち尽くした。その表情は明らかに何かに別れを告げる表情そのものだった。照山はそれを自分への別れだと確信してその場に泣き崩れた。泣いていると頭から何かが抜けていって頭がすっきりするような感覚を覚えた。照山はこのまますべて抜けてしまえと部屋に蹲り髪を掻きむしり一晩中絶叫していた。

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