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20.出産(前編)

前回までの記事はこちら
プロローグ
1.男の役目
2.ドキドキとそわそわ
3.初めての産婦人科
4.ママの成長記録
5.夫の役割
6.母子手帳
7.妊娠3ヶ月
8.マタニティブルーとパタニティブルー
9.安定期
10.胎動の確認
11.性別の確認
12.絵本と名前決め
13.マタニティ旅行の計画
14.マタニティマーク
15.妊娠後期
16.産後の準備
17.立ち会いについて
18.いつ陣痛が来てもおかしくありません
19.深夜に病院直行

12月3日(37週5日 午後)


昼から妻のお母さんが見に来てくれた。
妻を心配して約2時間ほどの道のりをかけて会いにきてくれた。

お義母さんは最初心配した様子だったけれど、妻が思ったより元気そうな顔だったらしく安心していた。妻は僕が買ってきたポッキーを食べながら陣痛に耐えていた。

この頃にはすでに陣痛が5分おきにきていた。先ほど運動した甲斐もあってお産が進んでいた。陣痛が起きると妻は携帯を取り出し、陣痛のアプリを開き、秒数を計測していた。

妻はポッキーを口に入れてる最中に陣痛が来ると手に持っていた食べかけのポッキーを無理やり口に押し込んでもぐもぐしてから痛みに耐えていた。その姿がおかしくて、それでいてたくましくて笑ってしまった。

15時ぐらいになると妻は病院からデザートを差し出されて食べていた。僕は一度車で仮眠を取ることにした。16時ぐらいに再び病室に戻った。妻は先ほどよりお腹の痛みが強くなっていたみたいで、ポッキーを食べていたような明るさはなくなっていた。

助産師から運動するように促されて、再び歩くことにした。
僕も一緒に歩く。先ほどよりゆっくり。休憩をしながら妻は懸命に歩いた。

30分ほどかけて歩いて病室に戻る。僕はコンビニで夕食を買いに行き、病室に戻った。僕とお義母さんはおにぎりを頬張り、妻は病院の夕食をいただく。

18時半。この頃から陣痛がさらに強くなった。妻は食事を食べる気力もなくなった。陣痛が来ると痛みのあまり横になった。おかあさんに腰をさすってもらい、僕は妻の手を握った。

この時点ではまだイキんではいけないので、妻は優しく僕の手を握り返す。力を入れないように目を開けて、大きく息を吐き出してイキミ逃しをしなければならない。

陣痛の間隔は4分おきになっていた。そして陣痛の時間も朝の時点では30秒ほどだったのが、今では1分を超えるものになっていた。腰の痛みもどんどんと下に下がってきていた。お義母さんが腰をさする位置も下がる。骨盤は明らかに広がっていて骨盤による出っ張りが見てとれた。

妻があまりにも痛そうでナースコールを押して一度見てもらうことにした。助産師に陣痛の間隔と痛みの症状を伝える。助産師はまだまだこんなもんじゃないと言わんばかりに笑顔だった。まだイキミ逃しも上手にできているからまだもう少しかかりそうだと言った。

20時をまわり面会時間が過ぎたのであ義母さんには帰ってもらった。
僕はおかあさんに腰のさすり方を教わり、一人で妻を支えることにした。

お義母さんが帰ってから妻の痛みは更に激しさを増した。僕はお義母さんがやっていたように見よう見まねで妻の腰をさする。
しかし、これがどうにもピンポイントではないらしい。僕がさすったところを遮るように妻は自分の手で痛いところをさする。同じようにやっているつまりだがなかなかうまくいかない。母というものは偉大だなと思った。

妻は再びトイレに行きたいと言った。もう歩くのもままならない状態になっていた。壁つたいにトイレを目指す。普段ならなんでもない距離だがトイレまでの廊下がやたら長く感じた。

途中で陣痛がきて壁に手をついて痛みに耐える。僕は腰をさする。なんとかトイレまでたどり着き、病室を目指す。病室までの道のりでも陣痛が起き、痛みに耐える。

いつまでこの痛みが続くのか心配になった。終わりが見えそうで見えない痛みと戦うのは体力的にも精神的にも堪えるものがある。

再び病室に戻る。再びナースコールを押す。

一緒についている僕としても判断がわからなかった。どういう状態になれば分娩室にいける状態になるのかがわからないので妻の様子を見て手遅れにならないうちに呼ばなけれなばならないと思った。

助産師によると妻の顔を見る限りまだ大丈夫そうだと言った。長年の経験からなのか、妊婦の顔の余裕さがあるかないかで判断できているみたいだった。夕食は全く口にしていないということを伝えると、糖分を摂らなければいけないと言われ、チョコレートか何かを食べてくださいと言われた。

机の上にはポッキーと一緒に買っていたダースがあった。一口サイズのそのお菓子は、糖分をとってくださいと言われ、食すのにはこの上ない最適なお菓子だった。

妻はダースを陣痛の合間に口に入れた。
糖分を吸収したせいか更に痛みが増す。妻は痛みのあまり、声をあげるようになっていた。普段は大人しい妻が出さざるを得ないほどの激しい痛みが感じ取れた。

21時前、再び助産師を呼んだ。

「もう限界?」と聞く助産師。「もう無理」と答える妻。助産師は痛みの場所を妻に聞き、お腹に陣痛の度合いと赤ちゃんの心拍を測る器具をつけてお腹の様子を見る。

「ちょっと旦那さん、病室を出てもらっていいですか?内診をします。」

僕はそう言われて病室を出た。病室からは妻の叫び声が聞こえる。痛みのあまり漏れる悲痛な叫びが廊下にまで響き渡る。

「よくがんばりました。もう出てきそうやね、分娩室用意してくるから分娩室いこっか」助産師は病室を出て僕にも分娩室を用意してくる旨を伝えると即座に分娩室に向かった。

僕が病室に戻ると妻は放心状態だった。視点があっていなくてなんて声をかけたらいいかわからなかった。こんな状態の人間を見るのは初めてだった。

僕は「助産師さんが今、分娩室を用意してくれているから」と頼りない声で言った。正直なところ少し怯えていた。

どんな言葉をかけたところで妻からしたらこの痛みは妻のもので、がんばれ染みた言葉をかけることが滑稽で無意味だと感じた。

それでも僕は何かを言いたかった。うまい言葉をかけることはできないかもしれないけれど、それでもお産に参加したかった。


次回は最終回です。「出産(後編)」

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