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1.男の役目

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友人が言った。



男って自分の子どもが生まれたら、もう死んでもよくない?



酒の席だった。
人情味が溢れる友人が突拍子もなく言った。
僕は苦笑いをして首を傾げた。


確かに生物学上はそうかもしれない。次の世代へと子孫を残す。
カマキリも猫も熊も子孫を残すために生きている。人間も動物の一種でそれには抗(あらが)えないかもしれない。


しかし、人間には知恵がある。この時代、生きることの目的は子孫を残すためと位置付ける人の方が少ないのではないか。
子どもが欲しいと思っている人は子どもを育てたいとは思っていても、子どもが産まれれば人生の役目は終わったなんて思える人は少ないはずだ。



友人の意見もわからないではない。しかしこれはあまりにも極論だ。


結婚して一年。
そろそろ子どもが欲しいと思っていた。子どもが生まれて育つことを楽しみとする中、この友人の意見には賛同することができなかった。

まぁ、所詮は酒の席。だけどこの友人が言う「男の役目」という考え方が少し面白いなと思った。



4月8日(4週4日)

妻が言った。
なんだか最近お腹が重い。身体も熱っぽい。
毎月同じタイミングでくる生理が遅れているから、もしかしたら…。

僕もそんな気がしていた。待ち望んではいたものの不安そうな妻を見るとなんだか素直に喜べなかった。明後日で生理が遅れて一週間になる。明後日になっても生理が来なければ検査薬を試すことにした。



4月9日(4週5日)

ひょっとしたら子を授かりたかったのは自分だけかもしれないという想いがあった。子どもを産むこと。子どもを育てること。すべてが未知のことであり、その多くの負担は妻にかかる。男の人の何倍も女の人は不安なはずだ。

しかし、妻は昨日とは打って変わって、不安そうではありながらも喜びの顔になっていた。僕は妻の顔を見て少し安心した。


けれど妻とは対照的に今度は僕が素直に喜べなくなっていた。それは昨夜に見たネットの記事が脳裏に焼き付いていたからだ。


その記事は妊娠が発覚したものの流産したというものだった。
流産。安定期に入るまでの不安定な状態では安心はできないとのことだった。
知り合いにもそういった経験をした人がいる。僕の母親も僕が産まれるまでに一度流産を経験したという話を聞いたことがあった。

今まで妊娠というものが自分以外の外の世界での出来事だったから、妊娠すれば自然とお腹は大きくなり10ヶ月もすれば産声を上げるということが当たり前のことだと思っていた。

それがいざ自分ごととして訪れると途端に不安になった。
もしかしたら、ということが起こりうるかもしれない。生を成すことが奇跡の連続で成り立っているということがやっと受け入れることができた。奇跡なんて言葉はしゃらくさい。今まではずっとそう思っていたけれど、それは決して大げさなことではないと思うことができた。

そう思えば妊娠が発覚した時点で喜びすぎるのは良くないことだと思えてきた。もし、何かあった時ダメージが大きいから感情の幅を広げないようにしようと。


この考えは僕の性格上仕方のないことのなのかもしれない。
感情の振り幅を広げすぎないことで訪れるダメージを小さくし、万が一にやってくるトラブルにも冷静に対処することができるという考えからだ。

これは僕のようなネガティブな性格の人のメリットだと思っている。不安を解消するためにあらゆることを想定し事前に対処を打つ手を考えられる。

しかしそう思っていたものの不安と期待を織り交ぜた表情の妻を見ると、その考えは改めるべきだと思った。
初めてのことで戸惑う感情と生を宿したかもしれないという期待の中で、僕が不安要素ばかりを考えて期待のレンジを狭めているのかもしれないと思った。


確かに不安はある。近くに頼れる親族がいないということ。安定期まで安心できないということ。母子ともに健康であること。無事に生まれてきてくれるかということ。
もう数え上げればキリのない不安がある。だけれどそれらのマイナス要素にとらわれて今の期間を楽しめないというのはもったいないなと思った。


初めて子を授かったという楽しみ。次第に大きくなっていくであろうお腹。男の子か女の子かと想像すること。どんな名前にしようかと考えること。
初孫となるお義父さんとお義母さんもきっと喜んでくれるだろう。実家に帰るたびに、ひ孫を楽しみにしている祖父母も喜んでくれるだろう。ひ孫に会う喜びを頼りに長生きしてほしい。

その数々の楽しみをないがしろにして不安にとらわれるのはもったいないと思った。


それならばひとつひとつの体験に思いっきり喜んで、もしものことがあれば思いっきり悲しもう。そして不安要素は二人で取り除こう。二人で取り除けない不安は周りに頼ろう。そう思えるようになった。

次回「ドキドキとそわそわ」

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