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「冬の日」昭和からの絵手紙 

僕の昭和スケッチ番外短編集6

<「冬の朝」画/© 2021もりおゆう 水彩>


冬の日

ある凍てつくような冬の朝の事、、、

高雄は、人の声で目を覚ました。
高雄は十歳。柱時計を見ると、まだ学校に行くには早い時間だった。
布団の中で耳をすましていると、障子の向こうから聞こえてくるのはどうやら祖母の声だった。

起きて廊下に出ると、母親のチサが庭先で洗濯をしていた。その側で祖母がチサをなじっていた。 チサは、水を張ったタライで洗濯板に向かっていた。傍には山のような洗濯物があった。 凍結を防ぐために縄を巻かれた水道管からは氷のような冷たい水が出ていた。 チサの手は冷たい水に真っ赤に赤切れていた。 だが、祖母はそんなチサを容赦なく叱責していた。
 
「はよう洗ってまわんか! 日が昇ってまっちょる。洗濯は、暗いうちに澄ましてしまうもんや。」 
と。

寝間着で廊下に出た高雄の足元から朝の冷気が容赦なく登ってきた。
『こんな寒い冬の朝に庭先で水をなぶる(さわる)ことは、いかに辛い事だろう・・・』
と高雄は思った。 
普段、我が侭ばかりいって、母親を困らせていてばかりの高雄だったが、この時ばかりは母親に頭が下がった。 祖母は、高雄が起きてきたのに気づかないのか、執拗にチサをいびっていた。 高雄の中に言いようのない怒りが込み上げてきた。
そして、生まれて初めて高雄は祖母に大きな声をあげた。 

「ババア、文句あるなら自分でやれ! こんな寒い朝に冷たい水なぶっとるもんに文句言うなっ!」 
と。

祖母とチサが、ギョッとしたような顔で廊下に立つ高雄高雄の方を振り返った。 祖母は気性が激しく、嫁いびりも尋常なものではなかったが、高雄はそれでもこの朝まで祖母に対して大きな声を上げるような事は無かった。それ故、この高雄の怒声には祖母も母もそうとうに驚いた。いや、当の高雄自身が実は一番驚いていた。

間の悪い空気が一瞬流れた後、祖母はバツの悪そうな顔をして納屋の方に消えた。チサも、何も言わず再び洗濯板に向かった。  嫁いびりとでもいう毎日を母親が耐えているのを高雄は知っていた。 それ故に、この朝高雄の中で何かが爆発したのだった。 

その日、学校から帰ると高雄はチサに庭に呼ばれた。 
チサは言った。
「お婆ちゃんに今朝みたいな事、言ったらあかんよ、高雄。」 
と。
すると、高雄が返した。
「何でや、お婆ちゃんが悪いんやないか。だいたい何時もなに威張ってんのや、お婆ちゃん。嫌いや。」 
と。
だが、チサは高雄に諭した。
「昔の人やで、ああなんや…我慢しなあかんて。」 
高雄も黙ってはいない。
「我慢なんかすることない、そんなんおかしい!」 

「あのな高雄、冬は陽のあたる時間が短いやろ、ほんで早う洗濯して干してまわんと乾かんのや。お婆ちゃんが、言うにも訳があるんやて。」 
高雄は、チサにそう言われると言葉に詰まってプイと横を向いた。 
「例えそうでも、あんな言い方をせんでもええはずや…」
と、高雄は言った。 
チサは続けた。 
「お婆ちゃんは、色んな事を私に教えてくれとるんやて。言葉はキツいけどな。 なんにせよ私にとったらお姑さんや、言う事聞かなあかんのや。」 
だが、高雄は食い下がった。
「そしたら、わしが大人になって嫁さん貰ったら、おっかさんはわしの嫁さんを虐めるんか…!!」 
高雄にそう言われると、今度はチサが言葉に詰まった。

けれど、チサはしっかりと、こう繋いだ。 
「私は、高ちゃんのお嫁さんを虐めたりはせん、絶対せんよ。時代は、変わって行くでね…、私は、高ちゃんのお嫁さんを虐めたりはせん」 

それからチサは少し考え込んだ後、何を思ったか不意に高雄の頬っぺたをつねって笑った。
「あんた黙って聞いとったら何を言うとるんや、まだ子どものクセして何が嫁さんの話しや、こら!」
と。
「いてて、何するんや母ちゃん、、、!」
とようやく高雄も笑って母親の腰のあたりに抱きついた。


それから十日ほどした或る日、高雄は自分の貯めた小遣いでハンドクリームを母親に買って渡した。そんなことは、初めてのことだった。
チサは、それを手にして涙した。

冬の日(了) 


*当初この冬の日につけた挿絵が紛失していますので、後に描いた「僕の昭和スケッチ」の内から「昭和の電化製品/女性を解放した洗濯機」の絵を今回は流用致しました、、、と言うより、この絵は当初この短編「冬の日」をモチーフにして描かれたものでした。
*「昭和からの絵手紙」は、昭和20年から40年頃の地方都市を舞台にしていますが、実際の出来事ではなく名前も実在の人物とは関係ありません。

<©2022 絵と文/もりおゆう 禁無断転載>
(©2022 Yu Morio This picture and text are protected by copyright.)




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