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村崎懐炉短編小説集

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短編小説をまとめました。僕は不思議な話や甘い恋の話が好きなんです。
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#現代詩

没ネタ祭「夢日記 煙の中の海月シャボン」

これは夢日記です。未公開となっていた作品を没ネタ祭に乗じて公開します。

夜のカフェーで
カフェインに酔ひて
公園のベンチにフェルマータ
詩作に興じて
僕はそのまま眠ってしまった

「こんな夢を見た」

未完成であったはずの詩は
完成されて川原の町内掲示板に
張り出されていた
既に採点されている

あなたの詩は矮小で
胸躍る言葉に欠ける
と朱書されていた

振り返ると詩の友人
(既に交流途絶えて久

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少女詩集「猫と百匹のうさぎとお月様」

月下の村には百匹の、
うさぎが住んでおりました。

うさぎには黒いのやら、茶色いのやら、灰色の奴の他に、黒と白がぶちになった奴やらがおりました。

大きくてでっぷりしたうさぎがおりました。或いは小さくてころころしたのが五匹も六匹もかたまって寒さを凌いでいるようなのもおりました。耳が長かったり垂れていたり、短かったり、うさぎたちはお顔もみんな異なるのでした。
それらの沢山のうさぎは月下に夜ごと空を仰

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短編小説「半月とクラゲ男」

短編小説「半月とクラゲ男」

ある日空を泳いでいたクラゲが僕を蝕んだので、僕はクラゲ男として一生を送ることになった。これによって僕は二本の腕の他に沢山の頭部から生えた触手を持つに至ったが、触手など地上に於いては只の飾りに過ぎない。

事の次第は単純で、僕は社会に対して二律背反的な猜疑心を抱えてビルの屋上に佇んでいた。瓶底を通して歪んだような月が浮かんでいた。忘我して月を眺めるうちに空に浮かんでいたクラゲが頑強な鉄帽子のように頭

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短編小説 霧の殺人鬼はレインコートを着ている

短編小説 霧の殺人鬼はレインコートを着ている

1
この街では誰もが霧の殺人鬼について話をする。 

初夏になるとこの街は。
初夏。夜の海は暗闇に沈んで単調なさざなみを繰り返す。延々繰り返される波に乗って沖合から重厚な霧が町に流れてくる。濃霧は夜毎、町全体をすっぽりと覆ってしまうのだ。じっとりと湿ってなおかつひんやりとした濃霧は足元をも隠すほど視界を遮る。あまりに霧が重厚なので、この街に来た旅行者などは自分が真綿に包まれたのではないかと錯覚を起

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幻想小説「雨の夜」

幻想小説「雨の夜」

未だ若きスラップスティックとストリップティーズたちに捧げる

1 僕の物語

雨が降っていた。
しとしと。
と、雨が降っていた。
振り続ける雨に僕はやおら不安になる。
雨が止まなくて、この街が水底に沈んでしまったら。
小さなボートに乗って僕は君の家まで行って。
僕は君を助けることができるだろうか。
水底に潜って。いつもベッドの下にいて何者かから隠れている君を。

2 あたしの物語

ベッドの下にい

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ライク・ア・ローリング・ストーン

ライク・ア・ローリング・ストーン

俺の心の中に一つの風景があるんだ。
クラスメートたちのキョトンとした顔。
彼らは(というか俺も)まだ分別つかない年齢で、いわゆるスラングなんて何一つ知らない。
彼らがもしも大人だったら「xxxx」とか「xxxx」なんて言葉を吐き捨てたろう。でも彼らはそんな言葉知らないから、ただキョトンとしていただけなんだ。

そう、俺を見て。

俺は全くの馬鹿野郎だ。今も昔も。確かその時はマスマティックスの授業中

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猫だって翼があれば飛べる

猫だって翼があれば飛べる

ジャングルジムのような家で育った
よく考えればあれはごみ捨て場だった

俺が兄弟と思っていたものは孤児たちで
親と思っていたものは
孤児を売買する仲買人だった

ゴミ捨て場のマガジンが世界の全てで
ある日拾ったマガジンの
ポーンスターのピンナップが
俺の神になった

仲買人はヤクを決めると
俺たちを集めて
終末の悪魔がもたらす厄災の話で
俺たちをビビらせた

しかし仲買人はとうとう
神様自身の話を

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短編小説「猫とパンク」

短編小説「猫とパンク」

僕の飼っている小さな黒猫たちが「パンクとは何ぞや」などと言い出したものだから、僕はパンクについて説明しなければならなかった。
パンクムーブメントとは権力への抵抗だ。抑圧された若者たちが大権力に対して音楽やライフスタイルを通じて抗弁したのだ。

そんな説明を猫達にしてみたが、彼らには難しくて分からないようだった。
確かにパンクスだってそんな思慮でファッションを選ぶわけではない。もっと思春期特有の言い

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短編小説「夜のプールと古代生物」

短編小説「夜のプールと古代生物」

「夜のプールと古代生物」村崎懐炉

高校の構内にあるプールに真夜中、僕たちは忍び込んだ。
防犯用の青いLEDライトが水面に反射して揺れていた。

「博物館に行くのが好きだったんだ。」
と僕は言った。
博物館の階段の下には人造池が造られていた。そこには水が張られて鯉が泳いでいた。もしかしたら水草も生えていたかもしれない。
僕の記憶が曖昧なのはその場所の照明がいつも消されていて、人造池は影の落ちた黒い

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短編小説「博物館にて」

短編小説「博物館にて」

「博物館にて」村崎懐炉

博物館に行ってブラキオサウルスの骨格標本を見上げていると、その年老いたブラキオサウルスは物静かに語るのであった。

昔は良かった。
こんなに狭々としていなかったし。
自由闊達としていたものだよ。

かつて彼にも同族の友人がいた。
彼らは午後の安らいだ時間を散歩や読書に充てて楽しんだ。時に詩論を討議し、熱を帯びて熱い紅茶の入ったソーサーを揺らした。

ブラキオサウルスたちは

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