マガジンのカバー画像

村崎懐炉短編小説集

39
短編小説をまとめました。僕は不思議な話や甘い恋の話が好きなんです。
運営しているクリエイター

記事一覧

短編小説「雪は降る、夜汽車は進む 月兎夜話」

僕は顰め面して文机に臨み、頻りに有無有無と唸っている。
唸り乍らも気はそぞろで、ペン先を繰る繰る回したり、原稿用紙にうさぎの絵など描いたりして遊んでいる。

「ニンジン大好き!」
とうさぎが言った。

その傍らに人参畑を描いて、うさぎ達が人参の収穫をしている。丸々と太ったうさぎたち。きっとうさぎの村では今夜は人参パーティを行うのだ。人参ペーストを練り込んだスポンジに人参の甘露煮と生クリームをデコレ

もっとみる

短編小説「豚人間」

俺は何故、生まれたのか。

俺は、生まれた時から豚人間だった。真っ当な存在ではない。いや、其うでは無い。もし、俺の他にも豚人間がいて、そいつらと競い合ったら、きっと俺は真っ当な方だ。頭も体も、きっと顔だってそこそこだ。

豚人間の女が俺に恋をして、俺達は結婚して豚人間のベイビーを作る。
ベイビーがヨチヨチ歩いてさ、俺を見上げるんだ。ブーッ!俺はベイビーをあやす。鼻を鳴らすのが得意だ。ベイビーがフゴ

もっとみる
短編小説「終焉」

短編小説「終焉」

貂川鉄郎はその時、極めて重大な事実に気が付いた。

いつの頃からか知れないが、貂川鉄郎は暫く模糊とした季節の中に、眠っていたような気がする。いや違う。決して眠っていたわけではない。だが夢遊病者のように不覚であった。
数々の心象が陰影となって目の前を流れた。そんなものを何十年、なのか何秒なのか知れないが胡乱に眺めていた気がする。

だが鉄道の、鉄輪が路鉄を擦る轟音によって、貂川鉄郎は長い微睡みから覚

もっとみる

短編小説「駄菓子蟲を飼う」

古田美津子は更衣室でブラウスを脱いだ。
脱いで、露になった柔肌をつい隠した。
隣に古田美津子より十歳年若の後輩社員が明日より始まる三連休に、ムチムチと浮かれていた。
古田美津子の扁平な体を、後輩、野木真理が嗤ったような気がした。
「先輩の胸は扁平ですね。」と野木真理が言ったような気がした。
「でも、腰回りは重厚感がありますね。」と野木真理が言ったような気がした。
「肌には年齢の深みを感じます、そう

もっとみる

短編小説「ダーリン・イズ・イン・モノクローム」

全く俺はツイテない。
紡績工場に勤めるチャーリー・レッドマンは冷や汗を垂らしながら考えた。

今朝、チャーリーはいつもより半刻早く目が覚めた。
なんてツイてないんだ!とチャーリーは思った。
もっと眠っていたかったのに!

時間が出来たため、いつもなら簡素に済ませる朝食(トースト)にハードボイルドエッグを添えて、テレビを付けた。
ニュースの時間だった。ニュースキャスターがこの国は不況だ、と言った。テ

もっとみる
短編小説「沼津干物のアジーB」

短編小説「沼津干物のアジーB」

短編小説「沼津干物のアジーB」オープニングテーマ
opening theme : karappo_no_seikatsu / note-sann

ノートさんの「空っぽの生活」です。
本小説はこの曲を聴きながらお楽しみ下さい。

-------------------------------------------------------
短編小説「沼津干物のアジーB」
-------------

もっとみる

短編小説「いとやはらかに温泉まんぢうがありまして」

さよふけて。

川辺の温泉宿は夜もすがら滔々と川の流れる音がする。
そうした瀬音を聞き乍ら文机に座って、僕は小説を書いている。
書いているつもりが、先程から一行たりとて進まない。

「猫又温泉」
書いたのはタイトルと思しきたった一行。

なおなお、と表で旅館に飼われた猫が鳴く。
猫をあやして女中が餌を呉れる声がする。

ああ、女中の膝枕で眠りたい。太腿に臥して猫の如く喉を鳴らして甘えたい。
徳利を

もっとみる
短編小説奇々怪々「ひとだま饂飩」

短編小説奇々怪々「ひとだま饂飩」

第一景「実録うどんの怪」

「屋台」(Kさん・40代男)この前さ、家に帰るのに近道しようと思って。

墓地を通るんだけどさ。もう深夜になろうかという時間で。
墓石が黒い影になって並んでるんだよね。
墓石って全部形が違うじゃない。
高さとか大きさとか。それが影になってると

人が並んでるように見えるんだよね。そうしてさ、みんなこっち見てるような気になるの。
それで、良いお墓と悪いお墓がなんとなく分か

もっとみる
短編小説「眼丩蝶」

短編小説「眼丩蝶」

Q県の僻村で眼球が殖える奇病が発生したと聞いて私は自身が勤める雑誌編集部のデスクに出張許可を申出たのであるが、デスクの返答はつれない。

「何故ですか」と私は訊いた。
「読者が眼球の殖える奇病に興味が無いからだ」とデスクは言った。
巷間の人々は眼球の殖える奇病に興味がない。
そんな事で自らの眼球が殖えてしまったらどうするつもりだ。

「そんな事で自らの眼球が殖えてしまったらどうするつもりだ」と私は

もっとみる

短編小説「夏蜜柑ポップ」

凄く下らない話なんだけど。
「蜜柑狩り」という夢を見た。
あたしは「蜜柑ハンター」で街中に隠れる蜜柑を狩っている。

「蜜柑」たちは器用に擬態している。
凶悪な奴らだ。
夜更けに誰かが寝静まった頃合いを見計らい、蜜柑たちは人間に寄生しようと企んでいる。頭頂部から脳髄へ根を張って、人間を支配しようとする。

街には「蜜柑人間」として頭に蜜柑を乗せた人々が、それなりの生活を送っている。「それなりの生活

もっとみる

短編小説「蟹」

「蟹」

「恃(たの)もう」
一日の学課を終えて、賀川豊彦は通町の教会を訪ねた。全く以て散々な一日であった。
「名門徳島中学の名が廃る。」
豊彦は憤慨していた。
「ドウシマシタカ」マヤス神父が尋ねた。
其れに対して豊彦は「うむ」と答える。
「中学の学課に軍事教練があるのだ。」
憮然として豊彦は言った。豊彦は中学に「飛び級」で入学したため、他の生徒に比して年齢が幼い。体躯も小さいため身体能力が格段に

もっとみる

短編小説「外骨格人間とフレグランス」ディレクターズカット

ある群島に潜伏しながら世界秩序の再構築とそれなりの世界平和を目論む秘密組織によって僕は外骨格人間にされてしまった。

この秘密組織は群島内外の寄付金によって運営される非公認市民団体であり、非公認であるが故に市民団体なら当然支給されるべき市町からの活動助成金も受給できない。そのため慢性的な活動資金欠乏に悩んでいる。彼らの活動(主にブログや街頭演説)は資金化出来ないため、組織は貨幣経済に疎く、故に

もっとみる

長編小説「スノウマン ライド・オン ジーザス」

突然自我に目覚めた俺は、俺が一体の雪だるまである事を知った。
早朝、空気は凍えているが本日はどうやら晴天。
視認する限り、この場所は日当たり良好。
どう考えても俺は本日の正午には南中した冬の、暖かな日差しの中に溶けて消える運命だった。

rrrrrrrrrrrrrrrr

一体俺は、何のために生まれてきたのか。
ああ、畜生。
もう何もかもが。

人口密集した都市の、地下の、安いバーには饐えた匂いの

もっとみる

短編小説「牛鬼」

(私は古びた一冊の手帳を開く。)

*********

きのう夢をみた。
彼が湖に浮いていた。
はくちょうのボートに乗って。

わたしは湖岸にいた。
彼が気付いて近寄って。
わたしに手をさしのべた。

「きみもいっしょにのろう」
わたしはどうしようかと迷った。
「さみしい」
彼はいった。
「のろう」

「のろう」

美しかった彼。の顔を何故か直視するのが憚られる。禍つ事を感じる。正体のしれないわ

もっとみる