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幻想小説「雨の夜」

未だ若きスラップスティックとストリップティーズたちに捧げる

1 僕の物語

雨が降っていた。
しとしと。
と、雨が降っていた。
振り続ける雨に僕はやおら不安になる。
雨が止まなくて、この街が水底に沈んでしまったら。
小さなボートに乗って僕は君の家まで行って。
僕は君を助けることができるだろうか。
水底に潜って。いつもベッドの下にいて何者かから隠れている君を。

2 あたしの物語

ベッドの下にいてあたしは夜を過ごす。何者かから隠れて夜を過ごす。夜が更けてあたしはやおら不安になる。
もしこの夜が空けることがなく、この街が夜の国になってしまったら。
あたしは家を出て満月を探しに行くことができるだろうか。何処かに隠れてしまった満月を。

3 猫の物語

猫が鳴いていた。
雨にずぶ濡れになっている。
一晩中鳴いていた。
明け方に鳴き止んだ。

猫が鳴き止むことに人々は仮説を立てた。
仮説その1 猫は死んだのではないか(新聞記者)
仮説その2 猫は旅に出たのではないか(詩人)
仮説その3 猫は鳴く必要がなくなったのだ(政治学者)
仮説その4 猫の鳴き声などはじめから無かったのだ(ダーウィン進化論者)
仮説その5 実は今も猫は鳴いているのだ(推理小説家)

僕の考える第6の仮説。
何もかも長く続く雨の所為だよ。猫がニャアニャアするのも。僕の頭痛が酷いのも。勿論、猫が鳴き止むこともね。雨の夜には色々のことが起こるものさ。

4 博士の物語

最近の雨は。
と、博士が言った。
物を溶かしてしまうんだよ。
思い出さえも。

博士の飼う猿は言った。
人間たちは馬鹿だ。
ウィッキーウィッキー。
ヤッキー。

5 女の子の物語

女の子は傘をさして歩いていた。
傘は赤い地に黒い縁取りがされている。
傘の骨は16本。骨の材質はグラスファイバーで錆びないし折れない。女の子は傘の骨の本数にこだわりがある。8本じゃ駄目だ。そんな貧相な傘を使っていたらきっと学校の友だちに笑われてしまう。24本でも駄目だ。女の子が持つには多過ぎる。骨張り過ぎてはいけない。女の子の傘の骨は16本でないといけない。
歩きながら時折その傘をクルクル回す。その度に跳ねる雨飛沫が愉快だ。
傘には銀色の薔薇のキーホルダーが付けられていた。やはり薔薇もクルクル回る。
私だってクルクル回りたい。
雨に打たれたって…!
雨に胸を躍らせる女の子は魅力的だ。蠱惑的とも言える。雨を弾く瑞々しい若さ。肉体の軽やかな躍動。しなやかな肢体。そんな魅力を振り撒いている。だがしかし、周囲の女の子と比べて平均的な器量の持ち主である彼女が、世間一般に通用し得るそのような魅力を持つことに彼女自身気付いていない。

彼女は目下、何にも気付いていない。
先程から彼女の後ろを男が尾けている。
着かず離れず数キロメートルの間、尾けている。時間にして三十分あまり。
そんなことにも彼女は気付いていない。

6 男の物語

女の子を尾ける男は病気にかかっている。
時期を追わずして真っ黄色になって死ぬだろう。
体中から毒素を吹き出す。
肝臓が駄目になったのだ。
かつて紅顔の少年の持つ臓器はひとえに柔らかったものだが、今や年とともに脂肪が凝り固まり、乾涸びたガムのようになった。
男は自らの病理に気付いていない。
男は水たまりに映った自分の顔を見た。
記憶の中の父親に似ている。
アル中め。
しけた面をしてやがる。
と、ひとりごちた。


カーライトが光った。
稲光に似ていた。
光ったカーライトを見て女の子は思った。
早く家に帰らなくちゃ。
光ったカーライトを見て男は思った。
何処かで煙草でも吸おう。
マッチを買って。
雨に濡れない軒下で。

7 ストリップ小屋の物語

マッチを擦るとマッチ売りの少女が見える。
少女はコートを脱ぐとシースルーのドレスを着ている。ケバケバしいロックミュージックとドギツイピンクの照明の中で踊る。太腿が光った。雨の夜のストリップティーズ。
太腿がリズミカルに足を組み、また淫蕩に開脚する。反らした背中が大きな弧を描く。その度に豊胸されたバストが上を向いた。
男たちの無言の熱気がステージに渦巻いている。

男はアルコオルを煽った。
酩酊している。
男の胸にピストルがある。
残弾は一発。

いいぞ。
男は思った。
残弾は一発だ。これを使って極限の冒険ができるのだ。此奴をどいつにぶち込んでやろうか。俺か、ストリッパーか、悪漢か、善良な市民か、権力か。

8 男の見た白昼夢

男は酩酊の中、幻影を見た。
薄明の早朝にストリッパーを腕に抱え、男はピストルを構えた。銃口が狙う先→男とストリッパーを奇異の目で見守る群衆。
これは玩具ではないんだぜ。
群衆に向かって男は言った。
これは玩具ではな、い、ん、だ、ぜ。
男はもう一度言った。
群衆は無言で通り過ぎる。朝を急いでいる。
目も合わない。

←群衆←群衆←群衆

男と酔いどれのストリップティーズ

群衆→ 群衆→ 群衆→


奇異の目で視線を投げかける。が、目が合えば逸らす。嫌なものを見た、そんな心の声が聞こえる。

男を取り巻く群集心理のアンケート
嫌なものを見た★★★☆☆
不潔である★★★★☆
社会不適合者め★★☆☆☆
危険人物★★★☆☆
関わりたくない★★★★★
通報しなくちゃ☆☆☆☆☆

「朝から酔っ払ってる人って、日頃何をしてるんですかね。見ていると不安になりましゅ。24歳OL」


だが。
銃爪を引けば群衆の軽蔑の眼差しは恐怖に変わる。
変わるんだ、何もかも。
ザマミロ。バカ。バカヤロ。
クソッタレ。
xxxxども。xxxxめ。
xxxxしやがれ。

9 港湾の路上にて

路上にて。半分に千切れたネズミが死んでいた。
鳶の仕業だ。鷹と餌を奪い合って落としたのだ。
鳶は動くものしか見えない。
落としたネズミは見えない。
ネズミに雨が降る。
腹と足だけになったネズミに。
こぼれた腸を蟹がついばむ。
蟹が群がる。
雨が降る。
夜が包む。

10 再び僕の物語

僕は止まない雨に不安が募り、レインコートを羽織って外に出た。道路端の排水口から水が吹き出している。軒から滝のように雨が流れる。
とんだ豪雨だ。
一体これはなんの因果だ。
朝食のブロッコリーを残した天罰なのか。
だって口の中がモシャモシャするんだもの。
あんな森みたいな味の代物、到底食べられない。
神様に命令されたって無理だよ。
レインコートのフードを目深に被った。

11 猿の物語

博士の飼っている猿が言った。
全て流れてしまうよ、と。
博士が言った。
うるさい猿め。
博士は電極を耳孔に挿している。
猿が言った。
ロックしてるね。
博士が言った。
うるさい猿め。
お前をスパークしてやるぞ。
博士の眼窩から火花が散っている。
博士の口腔から火花が散っている。
うるさい猿め。
うるさい猿め。
うるさいさるめ
さるさいさるめ
さるめいさるめ
めるめいめるめ
めるめるめるめ
めるめるめるめ
めめめめめめめ

博士の激昂ぶりを見ながら猿はゲタゲタと哄笑した。
「馬鹿な人間どもめ」

12 雨の夜の物語

僕は滝のような雨に打たれていた。

やっぱりだ。
僕は言った。
この街は水に沈んでしまうぞ。
ボートを手に入れなければ。

夜の海は荒れていた。
浜辺のボートたちは豪雨に怯えている。
僕はボートをつなぐ綱をナイフで切って、小さなボートを抱え上げた。
ボートが雨に打たれて軽快な音を立てた。
ダバダバダバダバ…。
まるでスキャット。
雨に合わせて僕もまたスキャットを口ずさむ。
ダバダバダバダバ…。
ステップを決める。
ヘイ。
ミスター。
ステップを決めろよ。
僕のステップはブラジル仕込なんだぜ。
ミスター、勝負するかい。
かかってこい。
僕は無敵だ。
さあ、かかってこい。

土砂降りの中で影がステップを踏んでいたんだ。

13 包布にくるまって眠る物語

あたしは雨の音にやおら不安になる。
立ち上がってタオルケットを抱えてベッドの下に潜り込む。屋根を叩く音がスキャットのようだ。
ダバダバダバダバ…。
あたしは雨に合わせてスキャットを口ずさむ。
そして目をつぶる。
目をつぶるとあたしは影になる。
今夜は夢の中で満月を探すわ。

(幻想小説「雨の夜」村崎懐炉)

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(後序に代えて)
「眠れる夜の奇妙な話」略して「ネムキ」という漫画雑誌が昔、あったんですよ(朝日ソノラマ出版)。高橋葉介、諸星大二郎、伊藤潤二とカルト豪華な漫画家先生が揃っていて面白かったですねえ。
最近コメント欄にてそんな話で若干盛り上がりまして。
「ネムキ」をリスペクトするマガジンなど作れないものかしらん。などと妄想しながら、先ずはヘンテコな駄文を書きました。本当に駄文でスミマセン。あなたのお時間を徒に費やしました。誠に申し訳ございません。

(やりたいこと)
・ネムキリスペクトな作品を集めてマガジンにまとめる。
・お互い褒め合いながらネムキを懐古する。
・6月のテーマは「雨」の奇妙な話。作品スタイルは自由。(詩でも小説でもコラムでも写真でも)同じテーマで創作して、違う作品が完成していくことで作者様の個性を楽しむ。難しいことは考えずに雨の作品なら何でも良いです。

余力のある方、是非ご参加下さい。
ハッシュタグで「ネムキリスペクト」と付けてくれれば見つけに行きます。地の果てまでも見つけに行きますが、なるべくなら「書いたよ!」と教えて下さい。

ご参加者いなければ(いないかな?)、私個人のネムキリスペクトマガジンになります。時たま更新するのでお暇な時にお楽しみ下さい。

ムラサキ