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【もののふ椿🌺ルーツ旅振り返り⑥】筒井順慶と作家・筒井康隆氏について

こんにちは、もののふ椿です😊
いよいよ新年度が始まりましたね。

あと1か月で締め切りですが、原稿はまだ半分残っています😅
なんとか頑張って書き切らないと。

ここまで江戸時代~昭和の先祖について書きましたが、次はいよいよ戦国時代の先祖を探すという話になります。
そんな昔の話、いったいどうやって調べればいいのでしょうか??

私はまず、本やネットで関係しそうな情報を片っ端から読んでみました
どこかに糸口が見つからないかと思ったのです。
そのうち筒井氏と関係のある人たちと知り合うことができ、少しずつ前へと進むことができました

▼「元の木阿弥」は筒井氏の影武者

今回は、5つめのマガジン「悲運の戦国大名🌺筒井氏の深い謎」をご紹介します📙

曽祖父がうちの先祖だと主張する、大和の戦国大名・筒井順慶
世間にはあまり知られていませんが、実は、2つの有名な故事成語と関係があるのです。

1つめは「元の木阿弥」。いったんよくなったものが、再びもとの状態に戻るという意味です。

これは戦国時代、木阿弥という目の見えない人が、筒井順慶の父・順昭の影武者をつとめたものの、その役目がおわった後はまた元の貧しい生活に戻ったという話が元になっています。

2つめは「洞ヶ峠(ほらがとうげ)を決め込む」。特に信念もなく、有利な方に味方しようと様子を見るという意味です。

これは本能寺の変のあと、明智光秀の味方をするか豊臣秀吉方につくかで迷っていたという筒井順慶を揶揄やゆする言葉だそう。

でも実際は、順慶は洞ヶ峠に出陣しておらず、出陣していたのは明智光秀のほうだったんです。それなのに、「順慶は日和見ひよりみだ」という、なんとも不名誉な作り話が広まってしまったんですね💦

▼同じ先祖を探す人と知り合った

私は次に、同じ先祖を探している人がいないかどうか、ネットで調べてみました。
するといました! 筒井定次(順慶の養子)の子孫だという人が。

順慶は、子どもがいないまま若くして亡くなりましたが、その養子である定次は子孫を残していたのです。

彼を通じて、筒井氏の同族会のX氏とも知り合いました。

2人の心強い仲間を得て、私のルーツ探しは新しい局面を迎えました。

▼筒井康隆氏と知り合う

オフ会でX氏と会ったとき、作家の筒井康隆氏も筒井一族だといわれたので、私はさっそく、小説『筒井順慶』を読んでみました。

ストーリーは、順慶の子孫である主人公が、本を書くために順慶の足跡を訪ねるというもので、すごくナンセンスなドタバタ喜劇😆

でも、偉大なご先祖様へのリスペクトを随所に感じられました✨

その後、私が手に入れた同族会誌を読んでみると、かつて筒井康隆氏が小説『筒井順慶』を書くために同族会を取材したときの話が載っていました。

私は、この話をnoteに書くため、筒井康隆氏に手紙を書いたのですが、なんとご承諾をいただいたのです(やったー😆)。

そこには、筒井康隆氏のご先祖のことも書かれていました。
やはり彼は筒井一族だったんだ……!!

調べてみたら、かつて彼自身、自分が筒井一族だということをセミナーなどで公言していました。

そんなこんなで、筒井一族の謎に迫るこのマガジン
ご興味があれば、ぜひご覧ください✨

【5】悲運の戦国大名🌺筒井氏の深い謎

曽祖父が自分の先祖だと主張する筒井順慶の一族の歴史と、その末裔との出会いを語ります。小説家の筒井康隆氏との交流も。

元の木阿弥ってなに?
死後に広まった不名誉な噂
切腹した筒井氏の子孫は一体どこへ?
筒井康隆氏の小説『筒井順慶』を読んで
なんと!筒井康隆作のマンガがあった🌟
切腹した定次の末裔との出会い🌟これまでのまとめ
不思議な初夢と同族会のX氏👹
X氏は筒井氏と織田氏の子孫だった🌟
筒井康隆氏は本当に筒井一族なのか❓
古き良き時代の「同族会」✨
⑪筒井氏の深い謎 小説家・筒井康隆氏の新たな挑戦とは?


というわけで、原稿は残すところあと半分。
引き続き頑張りますので、どうぞよろしくお願いします😊

もののふ椿🌺 拝

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