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第8章 カエサル・イチネラリウム−2

Vol_2

 酒を飲みすぎた次の日は、なぜこんなにも朝早く目覚めてしまうのだろうか。時刻は、6:30ー。四時間程度しか寝ていない。酔いは醒めているのかよく分からない。夜はまだ開けず、世界はほんのりと夜の香りを残していた。静けさが染み渡るようで、少し窓を開けるとツーンとした冬の空気が脳を刺激する。非日常的な朝が、僕を少し変えた気にさせてくれるのはいつものことだ。冷蔵庫に入っているミネナルウォーターを口にいれ、今日の予定をスマホで確認する。今日は、8時30分の新幹線に乗って実家へと帰省する。あと二時間くらいホテルにいることもできるが、ホテルですることなんてテレビを見ることくらいしかない。それはあまりにも退屈であるので、早々と駅に向かい、近くのカフェでモーニングでも食べるかと思った。鏡の前で顔を洗い歯磨きをして自分の顔を見る。髭が生えていないことを確認し、着替えを始めた。僕は、半年間髭脱毛を行い、2~3日なら髭を剃らなくてもいいくらいになっていた。通うのが面倒くさい上に、土日に入れにくい。そして何を隠そう痛いのだが、確かに効果は実感していた。まあ、高い金を払っているのだから効果が出てもらわないと困る。髭を剃るのにかかる時間や費用を換算するとコスパがいいと言われているが、それは人それぞれだ。自分に合わせた費用対効果が得られるか。を観点に決めなくてはならない。そうこう思いながら、リュックから、オープンカラーシャツとカーディガンとワイドパンツを取り出し、身にまとっていった。その後、鏡の前に立ち、ヘアバームを片手に昨日食べた枝豆サイズとり、手に広げ神絵と馴染ませた。程よくセットをすませ、そのままホテルをチェックアウトした。ホテルを出ると、足早に歩くサラリーマンの姿や外国人観光客の姿がチラホラ確認された。僕は、博多駅近くのカフェに適当に入ることにした。

「いらっしゃいませー。」

店員さんの心地よい声が響いた。朝早いということもあって、店内には僕とそのほかに女性が一人しかいなかった。僕は、コールスロー卵サンドと呼ばれるいかにも美味しそうなサンドイッチとホットコーヒーを注文し、席に着く。僕は、あと一時間以上ある時間を読書をして過ごすことにした。あの本の続きを読む。物語も佳境に近づき、どういう結末を迎えるのか僕はとても気になっていた。リュックの中に手を伸ばしながら、先ほど注文したコールスロー卵サンドを一口食べ、ホットコーヒーを口に流し込む。コールスローのシャキシャキ感と卵の濃厚さが際立ちとても美味しかった。ホットコーヒーは上品な香りにスッとした飲み心地がしてとても飲みやすかった。モーニングを堪能しながら、僕はさながら傍観者気分で本を読み始めた。


 僕らは小雨が顔に打ちつける中、山道を再び歩き始めた。足場は水たまり状態で、川を歩いている気分にさせた。ザバザバと足音を立てながら僕は、ボーっと考え事をしていた。笛吹に言われた衝撃の事実を僕は受け止められたといえば受け止め、受け止められていないといえば受け止められていなかったのだろう。黒奈と話して、少しはマシになったものの、不意に思い出してしまうのだ。未来の事故の真相や聖杯のことを。人間簡単には切り替ええられないものだと思う。僕らは、先輩たちのいるコテージに戻り、バックを無くした血原雹に返した。彼女はとても申し訳なさそうに謝り、感謝を述べた。そうこうしていると、先輩が僕の方へやってきた。

「大丈夫か。あんだけ雷も雨もすごくて心配したぞ。」

「心配かけて、すみません。」

「まあ、無事に帰って来れてよかったよ。それと、今日はこのまま帰ることになったんで、帰ろうか。」

僕が少し疲れていたのを察してくれたのだろうか。正直、とてもありがたかった。僕は、黒奈と剣崎、先輩と一緒に車で帰ることになった。あれほど降っていた雨はだいぶ小雨になりそして曇り空へと変わっていた。そのおかげで帰り道はスムーズに帰ることができた。その日は、ここで解散になり後日、今回の後片付けをしに再び集まった。途中で中止になったとはいへ大変盛況だった今回のサウナフェス。ちょっとした、ネットニュースにもなっていた。先輩はそれを嬉しそうにh者ぎながら後片付けを行なっていた。後片付けが終わると、笛吹が僕らにまた開催したくなったら声を掛けてほしい。と笑顔で言ってきた。僕は、その笑顔を素直に受け取ることができなかった。怒りのような悲しみのような複雑な感情が溢れていた。

 数週間が経ち、暑さもだいぶ和らいできた。そんな秋を感じさせるこの時期に、未来を殺した老人の初公判が行われた。老人は医師からの診断結果で認知症であることが告げられた。警察側はそれでも反論はしたものの刑事責任無能力という判決が下ることは、ほぼ間違いないだろう。このままでは、老人は無罪になってしまう。しかし、笛吹の言葉を信じるとすれば、老人は故意的に未来を殺したことになる。「どうしたらいいんだ。」僕は、この事実を証明いする方法が浮かばなかった。初公判を終えて、僕は、トボトボと裁判所から出てくると、黒奈が僕のところにやってきた。黒奈は、僕が今日、初公判に行くことを知っていた。慰めてくれるのだろうかと思って僕は笑顔で話しかけようとすると、真剣な顔で黒奈が僕に言った。

「私と一緒に復讐する気はあるかしら。」

黒奈はたまに突拍子もないことを言う。僕は、彼女のそんなところにいつも驚かされている。復讐。その言葉の響きの良さに僕は、二つ返事で答えた。

 僕と黒奈は、近くのスタバに行き、新作のおさつフラペチーノを注文した。店内は、割と混み合っていたが二人が座れるスペースはあった。椅子に腰掛けて、ほっと一息をついた。そして、新作のフラペチーノを一口啜った。すると、芋の風味が口の中で広がるようでとても美味しい仕上がりになっていた。後をひく美味しさでついつい続けて飲んでしまう。黒奈も同じようで、ずっとストローが口から離れなかった。それわさておき、僕は先ほどの言葉の意図を黒奈に問た。

「さっき言ってた復讐ってさ、どうやるの。」

「簡単よ。彼らの所業を表に出すのよ。未来ちゃんのことや聖杯のことを表に出せば、彼らもタダでは済まないわ。」

「簡単に言うけど、証拠がないじゃないか。こんなブルーガーデンが聖杯を行なっていることや未来の事件にはほとんど物的証拠がないに乏しい。それに、そういったことを簡単に揉み消すくらいのことはできてしまうよ。」

「確かに、政府や警察関係者にまで信者がいるこの現状じゃ、多少のことをしてもすぐ揉み消されるのがオチよね。」

「そうだろう。簡単には復讐できないよ」

僕は少しがっかりしながらフラペチーノを啜った。そんな僕を見て黒奈が話を続けた。

「そうガッカリしないで。多少のことって言ったでしょう。」

「どう言うこと。」

「確かに、ただこの話を週刊誌にリークするだけではダメよ。簡単にもみ消しが効いてしまう。でもね、今はネット社会なのよ。ネットにこういう情報を拡散し、小さいけれど同じ被害者を募っていけば大きな影響力を持つわ。」

「でも、有象無象のネットの中でうまく行くかな。陰謀論だとか言って相手にされないのがオチじゃない。そう言う系の陰謀論者は見てきたけど、ある程度の人は共感を得られても、復讐と呼べることをするまで大きなものにはならないんじゃないかな。」

「そうかもしれないわね。でも、それはただの一個人の発言だからだけど、セレンくんはそうじゃないわ。」

「え。僕の発言は違うのか。」

「ええ。あなたは未来ちゃんの元彼氏。つまり、被害者なのよ。」

「ひ、被害者。」

「そう、被害者。」

僕は、あの時自分にも何か非があるのではないだろうかと、心のどこかで引っかかっていた。そのせいで、自分は加害者であるような気分になっていたのだ。自分が被害者であることを忘れていた。黒奈のような第三者視点から見れば当然なのかもしれないが。

「被害者の訴えること言葉には力があるわ。それに、今回の事件は、高齢者ドライバーの事件としてニュースでも取り上げられている。ネットには、あの事件の動画も拡散しているの。これだけ事実がある上に、こういったストーリーがあれば十分すぎると思うけれど。」

「確かに、黒奈のいう通りだ。誰かの心を動かすためにはストーリーがいる。今回の事件に関しては、そのストーリーがうってつけだ。」

「でも、一つ心配なのは、それによって誹謗中傷を言われる可能性があると言うことは理解してほしいわ。」

「最近の社会は、情報が錯綜して歪んだストーリーを描きがちだからね。」

「そのためにも、週刊誌やネット記事などの文章が必要だわ。真実を伝えるための正しいソースが。」

「そうだね。正しい情報を発信するものがあれば情報の錯綜のリスクはある程度軽減される。」

「偽物や成りすましなんかもあるからそこは注意しなきゃいけないわね。」

「なんだろう。まるで、キリスト教を正しく宣教するみたいだね。」

「どう言うことかしら。」

「キリスト教が栄えていた時代。正しくない信仰を教える人々がいた時期があるんだ。宣教師になりすまし、キリストの教えだと言って酒や金、食べ物なんかを好き勝手に献上させてたりとか。まあ、日本でいう悪代官みたいなことをしていたわけだよ。」

「そうなの。キリスト教にですら、そんな奴らがいたのね。」

黒奈は感心した顔で僕の方を見た。

「そうなんだ。まあ、背教者としてサタンに堕とされたんだよね。確か、ヒメナオとアレキサンデルだったかな。」

「なるほど。水戸黄門みたいな展開ね。」

「水戸黄門は地獄には堕とさなかった分、まだ優しいんじゃないかな。」

「水戸黄門が優しすぎたのよ。」

「そうだね。」

僕は黒奈の容赦のない発言に少しビクついた。黒奈には逆らえないなと。

「と言うことは、今回は、私たちがさながらイエス・キリストでブルーガーデンがヒメナオとアレキサンデルってところかしら。私たちが、サタンの元に彼らを堕とすという筋書きね。」

「黒奈は心強いな。」

「そうかしら。いいじゃない。正義のヒーローみたいで。」

黒奈は、微笑みながらフラペチーノを啜り、いつ注文していたかわからないスコーンを食べていた。僕は、少し吹き出しそうになった。

「あとは、ある程度のフォローワーが必要ね。サクラじゃないけれど、この記事に共感してくれるような人を探さないと。物事は最初のフォローワーがいないとバズりにくいわ。まあ、そこは、私がなんとかできるから安心して。」

「安心って。具体的にどうするの。」

「週刊誌に知り合いの記者がいるの。」

「そうなの。」

「ええ。実は、私のバイト先は週刊誌の記者のところで雑用をしているの。そこで、働いている記者さんに情報伝達について学んでいるの。だから、今回の復讐の方法を思いついたのよ。」

「お、おお。」

黒奈が週刊誌の貴社のところでバイトしているなんて初耳だった。驚きながらも、復讐が成功しそうな可能性が高まっていくことに喜びを感じていた。

「記事のネタになりそうなものがあれば書いてくれるって記者の人は言ってくれてるの。」

僕が少し不安そうな顔になっていたのだろうか。黒奈が話を続けた。

「安心して。そこら辺の無名の記者さんなんかじゃないわ。大手週刊誌の文夏社よ。」

「え。めちゃくちゃ大手じゃん。」

「驚いたでしょ。まだ誰にも言っていないのよね。」

「なんで。」

「だって週刊誌のところでバイトしているなんて言ったら友達だって少しは警戒するでしょ。話のネタにされるんじゃないかって。」

「そう言うもんかな。」

「女の世界は面倒臭いのよ。まあ、そんなことはどうでもいいの。今回の事件を記事にしてもらって、世間の人に知ってもらうことができればいいの。それに、これだけ大手の週刊誌で報道されればブルーガーデンも黙っては置けないでしょ。まあ、やるかやらないかはセレンくん次第だけど。私が無理やりやるわけにもいかないし。」

黒奈は僕に希望の光をもたらしていく。まるで僕にとっての女神のような気がした。僕は、少しづつ冷めた心が温まっていくようだった。「よし、やろう。」そう決意した。その返事を聞いて、黒奈もかんばりましょうと言うような笑みを浮かべていた。

「でもさ、なんでここまで僕のためにやってくれるの。」

僕は、ふと疑問に思った。黒奈が僕のためにここまでしてくれる理由について。

「あんな、神を免罪符に好き勝手やっている集団許せないじゃない。私は、あの笛吹のセリフをずっと効いていたけど、生理的に無理。あんなのがこの社会でのさばっているのが腹立たしいの。それに、元気のないセレンくんを見てられなかったのよ。」

「ありがとう。」

黒奈が少し腹立たしげで、少し恥ずかしげにそう言ったのを見て、僕は復讐を決意した。奴らに天誅を下すために。

 後日、僕は黒奈に連れられて文夏社に来ていた。黒奈は仕事が早く、バイト先の記者さんに3日後には記事のネタがあると言って面会を漕ぎ着けてきた。全く、黒奈には頭が上がらない。永田町の駅で待ち合わせをし、それからオフィスビルが立ち並ぶ千代田区の中に堂々と佇んでいるビルに入っていく。1階で入館手続きを済ませ、僕らは待合室のようなところで待たされていた。少し緊張している僕に横で黒奈が「きんtっようしなくても大丈夫よ。」と声をかけてくれた。しばらくすると、30代後半くらいだろうか。メガネを掛け、タブレット端末を片手に女性が入ってきた。入ってくると香水の匂いが広がった。なんの匂いだろうか。フローラルのようなバニラのような書いだことのない匂いだった。服装は、至ってシンプルで紺のスラックスパンツに白いブラウスのようなtシャツのようなものを着ていた。オフィスカジュアルといえばいいんだろうか。そう言う印象の服装だった。

「あら、黒奈ちゃんお久しぶり。元気してた。」

「元気ですよ。羚羊さんもお元気そうですね。」

「ええ。で、そちらの男の子がチャットで送ってくれた子ね。」

僕の方を見ながら羚羊さんという女性が言った。

「そうです。改めて紹介しますね。こちらが月喰セレンくんです。で、こちらの女性が羚羊天音さん。」

「よろしくお願いします。」

僕が返事をすると、羚羊さんは笑顔で応じてくれた。僕が緊張しているのを察してか、何か甘いものでも食べないか。と誘われ、オフィスビル内にあるカフェスペースに移動することになった。カフェの中は、羚羊さんのような記者さんがパソコンをカタカタとさせながらコーヒーを飲んでいる様子が見えた。羚羊さんがなんでも好きなものを注文していいと言ったので、僕はアイスコーヒーとチョコレートケーキを注文し、黒奈はアイスラてとドーナツ3個を注文した。羚羊さんは、ソイラテを注文していた。

「相変わらず、よく食べるわね。」

「食べ盛りなんで。」

黒奈がドーナツを3個も食べるのを見て感心しながら羚羊さんが言った。

「セレンくんも遠慮しなくていいのよ。黒奈ちゃんなんて毎回容赦無く食べるから。」

「僕は、そんな食べ盛りじゃないんで。」

「今の男の子は可愛らしいのね。草食系ってやつかしら。」

「セレンくんはロールキャベツ系ですよ。夜はすごいんですよ。肉食獣のように力強いんです。」

「おい、何言ってるの。」

「あらあら、そうなの。今の男の子は、見た目に騙されちゃいけないのね。」

黒奈が僕をおちょくってきた。なんか根に持つようなこと僕はしたか。と思った。羚羊さんもふむふむと言う顔で僕らの会話を眺めている様子だった。

「それはそうと、黒奈ちゃんが男の子を連れてくるなんて言うからびっくりしたわ。」

「そうなんですか。」

「だってこの子、黙っていれば可愛いけれどすぐ手を出すし、いっぱい食べるし。男の子に引かれちゃうってよく言ってたのよ。」

「ああ。そう言うことですか。」

「もう。やめてくださいよ。それにセレンくんもその納得の表情は何よ。」

「ごめんて。」

「二人は、仲がいいのね。」

羚羊さんが和やかに僕らの会話を楽しんでいた。ふんふんと聞いていた羚羊さんだったが、本題を切り出してきた。

「ところで、黒奈ちゃん。本題なんだけど、記事のネタというのは具体的にどういうことなの。」

「ブルーガーデンについてのネタです。」

羚羊さんはブルーガーデンという言葉を聞いた瞬間に少し顔を顰めたような気がした。

「ブルーガーデンはなかなか難しいわよ。政治との癒着が強くてすぐに揉み消されてしまうわ。」

「知っています。だから羚羊さんにお願いしてるんです。」

羚羊さんは少し考えながらうんうんと頷いた。

「そうね。黒奈ちゃんがそこまでいうならよっぽどのことなのよね。話してみて。」

「わかりました。あれは、私とセレンくんがー。」

黒奈が僕と未来の話を羚羊さんに話してくれた。黒奈は、客観的な視点で僕らのことを語ってくれた。僕は自分には無い視点で語ってくれた黒奈の語りに心を奪われていた。まるで、1つの映画を見ているような感覚にさせられていた。さすが出版社でバイトしているだけのことはあると思い、感心していた。「なんだろう。」僕は、黒奈という船に乗せられて、どんどんと進んでいる気がした。それが悪いとか正しいとか、そういった善悪の感情というよりも、落ちたコップが割れていくような。あたかも普通の物理法則が如く、僕は逆らえずに進んでいくような気がしていた。そんなことを思いながら、時々、黒奈の話に補足を入れたりして一時間くらいは羚羊さんにブルーガーデンについての話を続けた。その間、羚羊さんは細かく相槌を打ちながら、要点をまとめるようにしてメモをとっていた。

「ーということがあり、羚羊さんにこのことの記事を書いていただきたいと思ったので、今回お話しさせていただきました。」

「なるほどね。これは大事件ね。」

「私は、こんな気持ち悪い集団が世の中に蔓延っているのが嫌なんです。だから、この復讐を思いつきました。羚羊さんにも手伝ってもらえませんか。」

黒奈は真剣な目で羚羊さんを見つめた。羚羊さんは、少し考えている顔をしていた。確かに、いいネタではあるかもしれない。だが、相手が相手である。政治にも精通しているとなると、一筋縄ではいかないだろう。僕は、期待は薄いかなと思いコーヒーを一口啜った。

「黒奈ちゃん。一度私よりも上の人に掛け合ってみるわ。」

「そうですよね。」

黒奈ではなく、僕が先に答えた。そう、わかっていた筈なんだ。こんな簡単にことが運ぶわけがない。たかが、大学生の言っていることで、大きな存在に手が届くことはないだろう。他力本願にここまできたものの、復讐なんてそんな簡単なわけがないのだ。そう自分に言い聞かせた。

「そんな残念な顔をしないで、セレンくん。別に記事を書かないわけじゃないわ。」

「えっ。」

「実はね。前々から、この手の噂やその他にも政治家がらみのきな臭い噂が数多くブルーガーデンにはあがっていたの。だからうちの出版社でも独自に調査を進めていたわ。特集として、宗教団体に調査をした記事をスクープとして発表していく予定だったの。」

「つまり、僕らの記事をそれと一緒に書いてくれるということですか。」

羚羊さんは、ニッコリと笑顔を浮かべて「そうよ。」と返事をしてくれた。まさかの事態に僕は、びっくりしてしまった。黒奈は、この答えを知っていたのだろうか。別に驚きもしていなかった。むしろ、こうなることを予測していた節まである。さっきから感心させらてばかりだ。

「黒奈ちゃん。早速なんだけど、今の話を原稿に落としてくれないかしら。落とした原稿を私がある程度添削して上の人に提出してみるわ。」

「もう原稿は書けてます。メールで今日中に羚羊さんに送りますね。」

「さすが私の見込んだだけわあるわ。仕事が早い。」

「”仕事は、準備が9割を占める。”羚羊さんがいつも言ってるじゃないですか。」

「そうね。でもそこまでできるのは黒奈ちゃんくらいよ。今年の新入社員なんて準備もコピーだってちゃんと取れてないのよ。新人敎育は疲れるわ。」

「新入社員の教育までやられているんですね。」

「そうなの。なかなか下の子達が育たないからいつまで経っても教育係よ。」

羚羊さんが少しため息をつきながらいった。

「でもそれは、羚羊さんが頼れる人だからですよ。頼れない人には頼みません。」

「まあそうね。あとは、黒奈ちゃんが入社してくれると嬉しいわね。」

「あと、2年くらいは待っててください。」

「フリーランスとして大学生のうちから記事を書くのは別に構わないのよ。学生ブランドがあるうちに階段登っておくと、社会人になってからだいぶ楽なんだから。」

「そうなんですね。フリーランスは今回の記事が成功したら始めさせてください。」

黒奈が嬉しそうに話している。いつも見せているキリッとした感じではなく、無邪気な子供のような笑顔。こんな顔もするんだ。僕は呆然と黒奈の顔を眺めていた。それに気づいた羚羊さんが僕に話しかけた。

「あら、ごめんなさい。セレンくんをおいてけぼりにさせてしまっていたわね。セレンくんもうちで働きたくなったらいつでも声をかけてちょうだい。なんだか、あなたを見ていると色々な記事が書けてしまう気がするわ。」

「確かに。私もセレンくんと話しているとなんだか不思議な気持ちになるのよね。何か特別なエネルギーでもあるのかしら。」

黒奈が揶揄うようにして僕に言った。僕は「なんじゃそりゃ。」という顔をした。羚羊さんは、思い出したような顔をして僕らの顔を見た。

「話がだいぶ飛んじゃったわね。では、結果はまた追って連絡することにするわ。」

「わかりました。楽しみにしておきますね。」

「それから、セレンくんには、ちょくちょくまた話を聞くかもしれないから連絡先を交換したいんだけどいいかしら。」

「はい。よろしくお願いします。」

そう言って、僕は羚羊さんと連絡先を交換した。その後、軽い雑談をして僕らは羚羊さんと別れた。帰り道、僕は黒奈にお礼を言った。

「ここまで色々と計画してくれてありがとう。」

「大したことじゃないわ。それにー。」

黒奈は何かを言おうとしてやめた。

「それにって何。」

僕が問い返すと「なんでもいない。」と黒奈は言ってはぐらかした。何を言いたいんだろうか。僕はそれにに続く言葉を想像したが、まるで何も出てこなかった。まあ、そんなことはどうでもいいか。それに、今はブルーガーデンに集中しよう。もう「賽は投げられた。」そう思いながら復讐の刃を研ぐようにして羚羊さんからの連絡を待つことにした。

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