個性が求められることの怖さ
毎週水曜日の道徳教育の授業。
最近は1週間で1番この授業を楽しみにしている。
そんな授業を受けて考えたことのお話だ。
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個性的である、とはどういうことか。
凡庸さの中にあって一際目立つのが「個性」である。
個性があるのは良いことだ
個性的なのは価値があることだ
そんな言葉をよく耳にする。
でも本当にそうだろうか。
「個性」は怖い。
「個性」は周囲の凡庸な人間の存在によってこそ生み出されるものだから。
凡庸な存在があってこその「個性」の際立ちだから。
「個性」を持つことに重きをおくこと、
「個性」がある人間を認め、尊重することは
極端に言えばそれは
「凡庸でいることの否定」だ。
個性を持たなければならない、
普通であってはならない。
「個性」は時に、人を脅かす存在だ。
そんなにも「個性」が、大事だろうか。
自分が個性的であるとき
他者の存在とはどういうものなのか
もう1度じっくり考えてみたい。
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「個性は無理やり出すものではなく、自然とにじみ出て輝くものだ」
これは正しいと思う。
個性は出そうと思って頑張ることではない。
自然と、なすがままに、強調されるものである。
個性があることを他者に求められることは、
どうなんだろうな。
個性があることを上から評価されることは、
どうなんだろうな。