シェア
水叉直
2021年7月31日 18:36
「お母さんは知ってたんだろ! お父さんがいなくなるって! なんで黙ってたんだ!」 ビーク家に帰った途端、レガはタカダガの背から飛び降り母に詰め寄っていた。乱暴に開け放たれた扉から、家の中に乾いた風が入り込む。「レガ、ごめんなさい。レガ……」 ただ深く謝るばかりのコットの顔を、涙の跡が幾筋も通っている。腕に食い込んだ爪痕からは、血の涙が流れていた。「レガ! やめねえか、お前の母さんはお前の為
2021年7月25日 19:45
西地区の英雄トロスの活躍は、瞬く間に街中に広がった。勝利した西地区の広場では、ささやかな祝宴が開かれていた。「トロス万歳! 西地区万歳!」「今年の報酬はなんだろう。去年は食べ物と衣類だったな」「なんだっていい、生活が楽になることは違いないんだ」「俺の活躍見たか? 今回の勝利は俺のおかげと言っても過言じゃないね」 滅多に飲むことのない酒もふるまわれ、思い思いに騒ぐ人々。その中にはトロスの
2021年7月23日 20:14
降りしきる塵を保護色として身に纏うイーブス。カラスほどの大きさをした灰色の鳥類は、塵で視界が遮られることの無いように頭部が庇のように出っ張っている。 細かく地面を蹴ることで空を舞うが、それを飛行と呼ぶには少々物足りない。その飛距離は一蹴りでおよそ十メートル。 そんなイーブスの群れを一斉に舞わせたのは、東地区の地区長であるドゥアンの大声だった。「な、何をする!」 トロスらが住む西地区とは
2021年7月19日 20:17
タカダガが道を行く。その蹄が立てる音は、土でできた道に積もった塵に吸い込まれる。「道を空けろ! 物資の配給だ!」 荷台を牽くタカダガの手綱を握っている男。布であしらった服は所々の糸がほつれている。男は手を大きく降り、皆に到着を知らせた。 その知らせは広場に集まっていた者たちに伝わり、知らせを受け取った者たちが広場から四方へ駆けだした。降り積もった塵が一斉に宙に舞う。「配給だ! 配給が来た
2021年7月20日 19:19
レガの父トロスが広場に着いたとき、そこには既に二千人以上もの人がいた。人の波は一定の流れを作っており、その行きつく先は、タカダガが牽く荷台に腰かける男の元だった。「よしよし、今回も勝つぞ」 トロスよりも一回りは若い、恰幅の良いその男は、自らの元に集う人々の様子を、悦に浸って眺めている。彼はトロスらの住む西地区の地区長。街いちばんの膨らんだ腹を一度さすると、集まった人々に聞こえるように声を張っ