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タカダガ飼いの少年

 タカダガが道を行く。その蹄が立てる音は、土でできた道に積もった塵に吸い込まれる。
「道を空けろ! 物資の配給だ!」
 荷台を牽くタカダガの手綱を握っている男。布であしらった服は所々の糸がほつれている。男は手を大きく降り、皆に到着を知らせた。
 その知らせは広場に集まっていた者たちに伝わり、知らせを受け取った者たちが広場から四方へ駆けだした。降り積もった塵が一斉に宙に舞う。
「配給だ! 配給が来たぞ! 十五を超えた男はみんな広場に集まれ!」
 その声は街中に響く。休むことなく塵の降る、城壁の如く高い石壁で囲われた街に。

 それが初めて観測されたのは二千二十四年。月へと向かったはずのロケットが、空中で衝突したことで世界に知れ渡ることとなった。
 広さにしておよそ百二十万平方キロメートル、南アフリカ共和国とほぼ同じ大きさの巨大な大地。
 各国は我先にと調査を開始。そこには我々がよく知る森や川、湖をはじめとした環境があり、人間がいていくつもの街があった。
 街は、その文明高度が一定でなく、船や動物が主な交通手段である街から、現代の我々の科学では到底説明のつかないほどに技術の発達した街など、その広さでは考え辛いほどにアンバランス。人間を除いた動物は、少しだけ異なった生態系で進化したようだった。
 その大地は肉眼ではわからないほどゆっくりと時間をかけて落下し、天高くよりアフリカ大陸の南西四千キロの位置に着水したのだった。
 国際連盟はこれを地球の七つ目の大陸と定め、その名前をノモックと名付けた。
 これは七つ目の大陸が地球上に現れる前の話。支配から逃れようと抗い続けた一人の男の話。
「配給だ! 配給が来たぞ!」
 街中のいたるところから聞こえてくるその声は、厩舎でうたた寝をしていたレガ・ビークの耳にも届いた。
 顔にかかった塵を払い、目をこする。父親に頼まれた厩舎の掃除はまだ半分も終わっていない。今日は塵が少ないとはいえ、数日分の塵を払うとなればかなりの重労働になる。
「レガ! レガはどこだ!」
 父親の声にレガは慌てて体を起こした。精一杯働いていたのだと、その思いを伝えるように手に持ったフォークを素早く動かす。
「レガ!」
 レガの父、トロスも、レガと同じように慌てた様子だった。太陽の光を反射する頭部には汗が滲んでいる。
「お父さん、どうしたの?」
 サボっていたことがばれて怒られるかもしれない。そんなレガの心配をよそに、トロスは厩舎の様子には微塵も興味が無いようだった。
「いいか、レガ。お父さんは今から広場へと行ってくる。配給が来たんだ。お前はまだ十歳、家でお母さんとおとなしく待っているんだ。いいね」
 父の言葉にレガは目を輝かせる。
「俺も連れて行ってよ!」
「だめだ」
 トロスは一蹴した。そしてもう一度レガに来ないようにと言い聞かせる。
「危険なんだ。来ては行けない。わかってくれ」
 レガは黙って頷いた。
「よし」
 レガよりも二回りは大きい体を反転させたトロスは、レガに念を押すと厩舎から出ていった。厩舎掃除をサボっていたことがばれなかったレガは、ほっと胸を撫でおろす。
「ふー、危なかった」
 父に続き厩舎の外に出たレガは、広場に向かって駆けだす父の背中を見送った。その背中が塵に紛れ見えなくなると、慣れた手つきで厩舎の掃除を再開する。

「お父さん行っちゃったよ。配給が来たんだって」
 一頭一頭ブラシをかけてやりながら、厩舎のタカダガに話しかける。レガの声に返事をするようにして、タカダガもクオンと鳴く。
 馬とよく似た姿かたちをした動物のタカダガ。その蹄は、塵の積もった地面を確実に捉えれるように馬よりも大きく、突き出た鼻には中世貴族のような髭が生えている。
 大きく成長したタカダガは、自分の体の十倍以上の荷物を引っ張るものもいる。この街に降る塵を好んで食べるということもあり、レガの住む街では、タカダガは重宝されていた。
 レガの父は街でも有数のタカダガ飼い。息子であるレガもまた、手伝いとして幼い頃からタカダガの世話をしていた。

「一緒に行きたかったのも本当さ。別にいいじゃんな。なあ、お前はどう思う?」
 燃えるような赤毛をしたタカダガにレガは尋ねる。様々な毛色で生まれてくるタカダガだったが、そのほとんどが茶や黒。赤毛は珍しく、レガの家で飼っている三十頭のタカダガの中でも一頭しかいない。レガはこの赤毛のタカダガをフィデルと呼んでいた。
 人の言葉を話さないタカダガ。当然フィデルが言葉を返すことは無かったが、首を前に伸ばすと、レガの頬に自らの頬を擦り付けた。
「やめろよ。くすぐったいよ」
 これは、タカダガが自らの子に行う愛情表現と言われているが、人間に対してもしばしば見受けられる行為であった。
「……なあ、広場に行ってみないか?」
 フィデルはクオンと鳴いた。
「うん、行こうよ。どうせあと五年もしたら俺も行くんだ。大丈夫、ばれやしないよ」
 レガの声に対して、もう一度クオンと鳴いたフィデルは、その真っ赤な四肢を折り畳む。
「乗れって?」
 今度は二度小さく鳴いた。早く乗れと言わんばかりに首をクイと動かす。
「よーし」
 レガはフィデルの入っている柵の扉を開くと、その背に素早く跨った。レガの重みを感じたフィデルはトコトコと前に歩み出す。
 体を曲げてペタリと背に張り付くレガ。途中で振り落とされることのないように、腕をしっかりとフィデルの首元に巻き付ける。
「行け! フィデル! 広場を目指せ!」
 レガの声を合図にフィデルは駆けだした。レガとフィデルが厩舎から出ていくのに合わせ、たくさんのタカダガが彼らを送り出すように鳴き始める。
「いったいなんだい! どうしたって言うんだい!」
 あまりの騒々しさにレガの母が家から出てきた。その目に映ったのは遥か向こうに見えるフィデルの真っ赤な体。降り積もった塵を大きな蹄で確実に捉え、弾かれた火の玉のように駆けて行く。
「レガ! 帰っておいで!」
 その声はレガの耳には届かない。舞い散る塵を掻き分けるように進むフィデルの背中で、レガの胸ははち切れんばかりに高鳴っていた。

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