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toma passeio トマ パシーオ 散歩しませんか、お嬢さん

31歳の母が、ゴンザガ・ビーチを歩く。
胸ポケットにクシを入れたブラジルの伊達男が足を止める。
Que bonita

ああ、あなたに見せたかった。
あの時、あの浜辺の母がどんなに眩しかったか。

Toma passeio 散歩しませんか、お嬢さん。

31歳の母は微笑む。はにかみながら。
poquito ちょっとだけなら、と答えた自分の声に驚くけれど、お日様が背中を押してくれるから大丈夫。歩く度にスカートの裾が足に触れるのを感じながら、ゴンザガの浜辺を歩きはじめる。波の模様の石畳をゆったりと、白い砂の波打ち際まで。5時までに戻ればいいの。夕食の支度はなんとかなるもの。砂浜に出たら、サンダルは脱いで歩きましょう。

風がこんなに気持いいのは、はじめての海だからですか?それとも、2度と戻れない海だからですか?

De onde veio? どこから来たの、お嬢さん。
小麦色の伊達男は立ち止まって母をみつめる。このまま時間を止めておきたいとでも言うように。

Que bonita

ああ、なんて言えばわかってもらえるのか。
あなたは気づいていないと思うけれど。
これから、僕が言うことを覚えていて。

次の風が吹いてあなたが瞬きをしたその瞳を開いたら、僕はもうここにいないけれど、忘れないで、もう一度言うから

今、あなたは、ここにいる。
そしてあなたは世界でいちばん、美しい。

どこに行こうと、何をしようと、僕のことは思い出せなくっても、これだけは忘れないで。
1962年、Praia do Gonzaga、Santos, Brazil


*アントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ヂ・モライス作詞のイパネマの娘は1962年、リオデジャネイロのイパネマ海岸で生まれた。

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