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ミスチルが聴こえる(短編小説)

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Mr.Childrenの曲を聴いて浮かんだ小説を創作します。 ※歌詞の世界観をそのまま小説にするわけではありません。
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2022年8月の記事一覧

通り雨(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

通り雨(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 ビルの入り口。僕は突然降ってきたゲリラ豪雨を眺めながら、先ほど買った缶コーヒーを飲んでいる。生憎の大雨。しかし、必然的に降る恵みの雨。考え方は様々だが、この後遊びに出かけようとしていた誠司はうんざりした顔をしていた。
「ひどい雨ですね」
「そうだな」
「全く、これから渋谷行こうとしていたのに。これじゃ行けませんよ」
「お前は若いな。僕はもう、渋谷みたいな喧騒した街に行く気力は微塵もないよ」
 誠

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しるし(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

しるし(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 初めて食べた君の手料理。ポテトサラダ。イモ感強めで、きゅうりとハムが入っている。
 初めて君と出掛けた場所。水族館。君は様々な魚の中で、クラゲをじっと見ていた。クラゲを見ていると不確定な未来でも大丈夫だって思えるの。僕には理解できなかったが、君はそんなことを言っていた。
 初めて君と喧嘩した日。些細なこと。僕が苛立っていたからつい言い返してしまった。全部僕が悪かった。だから翌日きちんと謝った。誠

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フェイク(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

フェイク(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

「嘘の話をしよう。これは僕が小学校五年のときだ。僕は放課後雨の降る街を一人で帰っていた。すると、僕の目の前に一匹の河童が現れて、こんにちはって会釈してきた。あの頃の僕は妖怪が好きだったから、つい興奮してしまって、こんにちはって返事をした。すると河童はこっちにおいでって僕を誘った。僕は河童の後ろをついて歩いていった。しばらくして、河童は一つの川、とは言っても小さな川だ、そこに辿り着き、ダイブした。ひ

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やわらかい風(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

やわらかい風(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 やわらかい風が吹き、どこかでたんぽぽの花が微かに揺れる。紙飛行機が弧を描いて飛んでいく。それから、潤華の長くて清廉された髪を流し、頬を撫でる。
「気持ちいいね、風」
 こんなに穏やかな日は久しぶりだった。空も青く、くっきりとしている雲は美味しそうだった。
「疲れが取れるよ」
 僕も潤華も土手の上にしゃがみ、何もしないでぼうっと時間を過ごす。それが当たり前ではないことを知っているから、流れていく時

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アナザーストーリー(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

アナザーストーリー(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 少しの間、それは夜が訪れるとき、僕はもう一つの物語を考えてしまう。
 もし、君がそばにいたら。
 一年前の僕は強がっていて、素直じゃなかった。自分が常に中心だと勘違いしていて、太陽は僕を照らすためにあるとさえ思っていた。だから僕は自分勝手で、それは恋愛においても例外じゃなかった。
「たまには私の意見も聞いてよ」
 君がムッとした顔で僕に文句を言うと、僕は嫌な顔をして「なんで?」と言ってしまう始末

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箒星(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

箒星(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 今、僕の上を一つの光が放物線を描いてどこかへ飛んだ。それは球状だけど細長い残像を置き、そのあとも永遠にその場所は輝いているように見えた。
 未来って言葉を僕は嫌っていた。そして、光って言葉もまた僕は嫌いだった。
 彼女が死んでから五年。僕は定規で線を引いたような、真っ直ぐな人生を歩んできた。波が立つこともなく、風が吹いて歪むこともなく、かけ違うボタンみたいにズレることもなく、僕は淡々と生きていき

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彩り(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

彩り(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 赤色の車で迎えにきてくれた君。僕は青いジーンズを履き、白いTシャツを着て待っていた。
「お待たせ」
 君はエメラルドグリーンのフレアスカートに、上の服は黒。
「ありがとう」
 僕は助手席に乗って、彼女はエンジンをかける。
「どうぞ」
 君は早速、僕に黄色いガムをくれる。
「ありがとう」
「私は、こっち」
 そう言って、君は紫色のガムを口に入れた。
「見えるかな」
 君は不誠実な深緑の林を通り抜け

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叫び、祈り(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

叫び、祈り(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 声が聞こえる。お腹の底から湧き上がるような、叫び声。言葉ではない。だが、その叫びは確実にメッセージ性を帯びている。魂が溶解してそのまま吐き出されているような熱を持っている。
 その声は、怒りだろうか。炎のような憤怒だろうか。いや、静かな怒りだ。ため込んできた感情を爆発させているのだが、感情的になって無理やり放出されているわけではない。理性は残っている。だけど、怒りは満ちている。
 そしてその声の

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