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叫び、祈り(短編小説『ミスチルが聴こえる』)



 声が聞こえる。お腹の底から湧き上がるような、叫び声。言葉ではない。だが、その叫びは確実にメッセージ性を帯びている。魂が溶解してそのまま吐き出されているような熱を持っている。
 その声は、怒りだろうか。炎のような憤怒だろうか。いや、静かな怒りだ。ため込んできた感情を爆発させているのだが、感情的になって無理やり放出されているわけではない。理性は残っている。だけど、怒りは満ちている。
 そしてその声の主は怒りのさなか、祈り始めた。祈り、というのは穏やかな心で行うことだと思っていたが、怒りの最中でも捧げることができるらしい。声の主はゆっくりと手を合わせて、喧騒した社会に一矢報いるように、静かに祈りを続けるのだ。
 我々人間は、彼みたいな存在を忌み嫌っている。そして疎ましく思っている。妬む奴もいる。気持ち悪いと思う奴もいる。どこか突き放したいと思う奴がいる。関わりを持たないように、違う世界で生きているんだと思い込む奴もいる。
 だが、彼は叫び、祈っている。貴方達人間へ、つまり我々に向かって咆哮するのだ。
「争いなど、無意味だ」と。そんなふうに言っている気がする。
 しかし、我々人間は暴力によって築き上げた結晶があり、それらを散りばめて社会を作り上げてしまった。だから今更平和など机上の空論で、どこか絵空事だって馬鹿にしている。ラブアンドピースはただの理想であると。
 それでも彼は叫び、祈るのだ。
「争う精神など、人間にいらぬ」と。そんなメッセージが放たれている気がする。
 我々のほぼ全ては、たとえその声が聞こえても無視をするだろう。聞こえないふりをするだろう。彼の祈りを邪魔する輩だっているだろう。無関心を決め込む奴が大半だろう。
 だが、僕は立ち止まって耳を澄ませる。聞こえづらくなった魂の叫びを、祈りを、全身で受け止める。
 その後で街を見る。人を見る。街は街で争い、人は人で争う。そんな世界に、僕は首を傾げた。
 

 だから、僕は叫び、祈ることにした。
「争いは傷を残すだけ」と。もちろん、言葉にはせず、魂で叫び、祈るのだ。

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