見出し画像

フェイク(短編小説『ミスチルが聴こえる』)



「嘘の話をしよう。これは僕が小学校五年のときだ。僕は放課後雨の降る街を一人で帰っていた。すると、僕の目の前に一匹の河童が現れて、こんにちはって会釈してきた。あの頃の僕は妖怪が好きだったから、つい興奮してしまって、こんにちはって返事をした。すると河童はこっちにおいでって僕を誘った。僕は河童の後ろをついて歩いていった。しばらくして、河童は一つの川、とは言っても小さな川だ、そこに辿り着き、ダイブした。ひょこっと水面から顔を出して、お前もこっちに来いと言われた。僕は勇気が出なかった。さすがに妖怪が好きでも、そこまではできないなと思った。だけど、河童はずっと僕を見ている。どうしようかなって思ったそのとき、僕の背後にいたもう一匹の河童が僕を押して、僕は川の中へ潜ってしまった。それからしばらくは意識が遠のいて、気がつくとそこは河童たちの世界が広がっていた。河童たちは僕を宴に招いてくれて、僕はそこで河童たちと一緒に遊んだりした。恐怖心は無くなっていて、素直に楽しいって思えるようになっていたんだ。それから河童は時間だからって僕を元の場所、つまり地上まで戻してくれた。そしてまた遊びに来てくれって言われたんだ」
「そいつはよくできた話だ。嘘であることがもったいないくらいだ」
「話自体は嘘だけどさ、川は存在するんだ。どう、行ってみる?」
「ああ、是非見てみたいね。存在する川からいかにして君の嘘話が生まれたのか、気になるからさ」
 僕は話し相手を連れて川まで来た。そして、覗き込んでいる話し相手を突き落とした。
「おい、何するんだ!?」
「行ってらっしゃい。そして、お前も河童になりなさい」
 話し相手は僕の仲間に引きずり込まれて、ついに姿を消してしまった。彼はもう、人間ではなくなる。これからは河童として、人間の姿に化けて暮らさなければならない。僕と同じように嘘つきになるのだ。
「人間様は嘘話がお好きだよ」
 僕は髪の毛のウィッグを外して、皿を撫でた。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,034件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?