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やわらかい風(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




 やわらかい風が吹き、どこかでたんぽぽの花が微かに揺れる。紙飛行機が弧を描いて飛んでいく。それから、潤華の長くて清廉された髪を流し、頬を撫でる。
「気持ちいいね、風」
 こんなに穏やかな日は久しぶりだった。空も青く、くっきりとしている雲は美味しそうだった。
「疲れが取れるよ」
 僕も潤華も土手の上にしゃがみ、何もしないでぼうっと時間を過ごす。それが当たり前ではないことを知っているから、流れていく時間もやわらかく感じた。
「大変だったもんね、私たち」
「そうだね。今も終わったわけじゃないけどさ」
「でも、明るい兆しは見えているわけでしょう。それだけでも、気持ちが救われるよ」
「うん」
 そして僕らはこれからの話をした。
「僕みたいに両親がいない人間は、必然的に一人で生きていくことになる。対して潤華は、こういう言い方をするのもアレだけど、今までずっと親がそばにいた。だけど、これからは僕と二人きりになって、ある意味孤独と自由を手に入れる。最後にもう一度聞くけど、潤華は不安じゃないの?」
 正直、僕は不安な気持ちもあった。一文無しな僕を愛してくれる潤華の良心には感謝しているが、潤華の両親はそれを良しとしなかった。そんな両親に憤怒した潤華が、耐えきれず両親を突き放した。これからは二人で生きていくから、と絶縁を言い渡して家を出てしまった。
「不安が無いと言えば嘘になるけど、それでも渉くんと一緒にいることが幸せだから。これから先のことは二人で考えればいい。大丈夫、なんとかなるよ。この風みたいに」
 僕らの周りを、やわらかい風はふわりと抜けていく。それから僕らを心地よい気持ちにさせる。何もかも空っぽになったみたいなって浮遊する感覚が僕を襲う。
「僕らは、どこへでも行ける存在かな」
 僕が言うと、潤華は「そうだよ」と言って笑ってくれた。

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