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アナザーストーリー(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




 少しの間、それは夜が訪れるとき、僕はもう一つの物語を考えてしまう。
 もし、君がそばにいたら。
 一年前の僕は強がっていて、素直じゃなかった。自分が常に中心だと勘違いしていて、太陽は僕を照らすためにあるとさえ思っていた。だから僕は自分勝手で、それは恋愛においても例外じゃなかった。
「たまには私の意見も聞いてよ」
 君がムッとした顔で僕に文句を言うと、僕は嫌な顔をして「なんで?」と言ってしまう始末。
「だって、君の意見よりも僕の意見の方が正しいだろう。今回だってそうだ。こんな時期に動物園なんて行くべきじゃない。もっと涼しくて快適な水族館へ行くべきだ」
「でも、私はパンダが見たいの!」
「パンダなんていつでも見られるだろう。それに、今は暑いからパンダもどこかに隠れているよ」
「そんなことない」
「じゃあ、一人で行けばいい。僕は行かないよ」
 そこで、君は本当に一人でパンダを見に行ってしまった。そしてそれが、僕と君が顔を合わせた最後の日になってしまった。
 それからの僕は、毎晩君のことばかりを考えていた。そして、描いても虚しくなるだけのアナザーストーリーを鮮明に映し出しては、熱い涙が頬を伝っていった。何度連絡しても君からの返事はない。君の家に行っても留守で、しまいには引っ越してしまった。だから手紙を送ることさえ許されない。
 僕は間違いなく君のことが好きだった。だけど、ひとりよがりな自分を殺すことができなかった。君がいなくなったのは、おそらくそんな僕への天罰だろう。


 君がいなくなってから一年後。僕は一人で動物園へ行った。ひどく蒸し暑い日だったが、夏休みともあって結構賑わっていた。僕は君との時間を進めるために、パンダを見に行った。
 しかし君は、別の男性と腕を組みながら、幸せそうな顔をしてパンダを見ていた。

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