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通り雨(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




 ビルの入り口。僕は突然降ってきたゲリラ豪雨を眺めながら、先ほど買った缶コーヒーを飲んでいる。生憎の大雨。しかし、必然的に降る恵みの雨。考え方は様々だが、この後遊びに出かけようとしていた誠司はうんざりした顔をしていた。
「ひどい雨ですね」
「そうだな」
「全く、これから渋谷行こうとしていたのに。これじゃ行けませんよ」
「お前は若いな。僕はもう、渋谷みたいな喧騒した街に行く気力は微塵もないよ」
 誠司は「それはじじいですよ」なんて僕をからかうように笑い、「タバコ吸いたいなあ」と天を見上げて言った。
「これが俗に言う、通り雨ってやつですよね」
「そうだな」
「こういう雨って、実は恋を実らせるんですよ」
「恋?」
 僕は彼が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「そうです。通り雨の後は、虹が出る。そしたら恋が実っちゃう、なんてね」
「雨上がりの夜空はたしかに美しいが、果たして虹は見えるだろうか」
 すると、誠司が僕の腕をそっと掴んで、小さい声で言った。
「それは、心の中で見えますよ」
 

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