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映画/ドラマレヴュー

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観た映画やドラマのなかから興味深かったものについていろいろと。
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#netflix

有害な男性性を克服するための処方箋 ドラマ『エリック』

 Netflixドラマ『エリック』は、野心的な作品だ。『モンスターズ・インク』(2001)のサリーみたいな風貌のエリックがヴィンセント(ベネディクト・カンバーバッチ)の妄想として現れるなど、全体としては子供向けの絵本みたいな雰囲気が目立つ。それでいて、ヴィンセントが息子のエドガー(アイヴァン・モリス・ハウ)との距離を縮めるまでの物語を軸にしつつ、構造的な人種差別、同性愛嫌悪、ホームレス問題といった

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壊れた社会のひび割れから、希望は生まれる 映画『ザ・キッチン』

 2024年1月19日にネットフリックスで配信が始まった映画『ザ・キッチン』は、公開前から楽しみにしていた作品のひとつだ。監督/脚本は『ゲット・アウト』(2017)で主演を務めたダニエル・カルーヤと、建築家としての顔も持つキブエ・タヴァレス。主演にはドラマ『トップボーイ』シリーズで名演を見せたケイノことケイン・ロビンソンが迎えられ、他にもラッパーのバックロード・ジーや元フットボーラーのイアン・ライ

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“優しさより正しさ”が欲しい者たちの世界を描きつづけた傑作 ドラマ『トップボーイ』シーズン5

 イギリスの大人気ドラマシリーズ『トップボーイ』がシーズン5でファイナルを迎えた。2011年にチャンネル4で初放送されて以降、5シーズンにわたって物語を描いた本シリーズは、ダシェン(アシュリー・ウォルターズ)とサリー(ケイン・ロビンソン)という2人のドラッグディーラーを中心に話が進む。ロンドンの裏社会を舞台に、命を賭けた縄張り争い、感情の機微が行きかう人間関係などを丁寧に描きながら、登場人物たちの

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映画『スパイダーヘッド』

 今年6月17日にネットフリックスで配信された『スパイダーヘッド』は、ジョージ・ソーンダーズの短編小説『Escape from Spiderhead』(2010)を原作としたSF映画だ。監督は『トロン: レガシー』(2010)や『トップガン マーヴェリック』(2022)のジョセフ・コシンスキー。出演はクリス・ヘムズワース、マイルズ・テラー、ジャーニー・スモレット=ベルなどである。

 物語はスパイ

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映画『目指せメタルロード』

 『目指せメタルロード』は、2022年4月8日からネットフリックスで配信が始まった映画。監督は『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』(2015)のピーター・ソレットが務め、脚本はドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011〜2019)のD・B・ワイスが書いている。

 本作の中心キャラクターは、高校生であるケビン(ジェイデン・マーテル)とハンター(エイドリアン・グリーンスミス)だ。メタル・バンドを

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映画『ウォーターマン』は濃厚なブラックコーヒーよりも苦々しいドラマを描く



 『ウォーターマン』は2020年のアメリカ映画。同年の第45回トロント国際映画祭でプレミア上映後、2021年5月にアメリカの一部劇場で公開された。現在はネットフリックスを介し全世界で観られる。監督は俳優のデヴィッド・オイェロウォが務め、脚本はエマ・ニーデルが書いた。オイェロウォにとっては初の監督作品である。

 物語は、ロニー・チェイヴィス演じるガンナーの切実な想いが軸だ。ガンナーの母親メアリ

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ドラマ『ムーブ・トゥ・ヘブン』は、《そうするしかなかった者たち》に優しく手を差しのべる



 『ムーブ・トゥ・ヘブン』は、今年5月にネットフリックスで配信が始まった韓国のドラマ。監督は映画『お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ』(2018)などで知られるキム・ソンホ、脚本はユン・ジリョンが務めている。
 物語は、アスペルガー症候群のグル(タン・ジュンサン)と、グルの後見人サング(イ・ジェフン)を中心に進む。遺品整理士として、2人は故人の想いや人生を解きあかしていくというのが基本的なストー

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映画『楽園の夜』



 韓国の映画監督パク・フンジュンは、ノワール作品を得意とする男だ。組織という仕組みの力学を描いた『新しき世界』(2013)、韓国にまつわる政治的利害を物語に取りいれた『V.I.P.』(2017)など、作品ごとに新たなアイディアを示し、批評面のみならず商業的にも成功を収めてきた。

 だが、その『V.I.P.』は多くの批判も寄せられた。女性キャラクターに執拗な暴力を振るう描写が女性蔑視だと指摘さ

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ドラマ『スカイ・ロッホ』の逃走劇は、男性優位社会からの脱出だ



 コーラル(ヴェロニカ・サンチェス)、ウェンディー(ラリ・エスポジット)、ジーナ(ヤニ・プラド)という3人のセックスワーカーが逃亡劇を繰りひろげる『スカイ・ロッホ』は、ネットフリックス作品のなかでも特に配信を楽しみにしていた。ドラマ『ペーパー・ハウス』(2017〜)でも良い仕事を果たしたアレックス・ピナやエステル・マルティネス・ロバトなどが制作/脚本に関わり、劇中で使われる音楽は筆者が好きなポ

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映画『この茫漠たる荒野で』が見逃したもの



 『この茫漠たる荒野で』は、2020年に公開されたアメリカの西部劇映画。監督には『ブラディ・サンデー』(2002)などで知られるポール・グリーングラスを迎え、主演はトム・ハンクスが務めている。アメリカ以外の国々では、2021年2月10日からネットフリックスで観られるようになった。

 本作は1870年のアメリカを舞台に、ニュースの読みきかせで日銭を稼ぐ退役軍人のジェファーソン・カイル・キッド(

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映画『スペース・スウィーパーズ』は、下で生きることを強いられた者たちの連帯が輝く



 『スペース・スウィーパーズ』は韓国のスペースオペラ映画だ。地球が荒廃した2092年の世界を舞台に、宇宙のゴミを収集する宇宙船、勝利号のクルーが活躍する様を描いている。
 監督は、『私のオオカミ少年』(2012)や『探偵ホン・ギルドン 消えた村』(2016)などで知られるチョ・ソンヒ。主演はソン・ジュンギとキム・テリが務めた。
 本来は2020年に韓国で封切りを迎える予定だったが、新型コロナの

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ドラマ『都会の男女の恋愛法』は、多彩な映像表現で心を語る



 『都会の男女の恋愛法』は、2020年12月22日から韓国のkakaoTVで放送されているウェブドラマ。チ・チャンウクとキム・ジウォンを主演に迎え、都会で生活する男女の複雑な恋愛関係や気持ちを描いた群像劇だ。日本でもネットフリックスを介し、ほぼリアルタイムで観られる。

 筆者は基本的に、ドラマ評は全話放送されてから書くようにしている。ある回だけがおもしろくても、全体で観たら微妙な作品も少なく

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ドラマ『保健教師 アン・ウニョン』が描く、痛みを知るからこそ人に優しくできる大人



 『保健教師 アン・ウニョン』は、韓国の作家チョン・セランによる小説『保健室のアン・ウニョン先生』を原作としたドラマ。アン・ウニョン役には映画『82年生まれ、キム・ジヨン』でも主演を務めたチョン・ユミ、ウニョンと共に行動する同僚教師ホン・インピョ役にはナム・ジュヒョクが迎えられている。

 物語は、赴任中の学校で起こる不可思議な現象を、ウニョンとインピョが解決していくというもの。
 ウニョンは

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映画『ヒルビリー・エレジー -郷愁の哀歌-』



 J.D.ヴァンスによる回想記『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(2017)を初めて読んだときの記憶は、楽しいひと時と言えるものではない。ラストベルト(アメリカのさびついた工業地帯を指す言葉)と呼ばれるオハイオ州の田舎町で暮らしていたJ.D.の人生に、何度も胸が締めつけられたからだ。
 時代の変化に伴う鉄鋼業の衰退と歩調を合わせるように増えつづける失業者。そうした

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