映画『スパイダーヘッド』


映画『スパイダーヘッド』のポスター


 今年6月17日にネットフリックスで配信された『スパイダーヘッド』は、ジョージ・ソーンダーズの短編小説『Escape from Spiderhead』(2010)を原作としたSF映画だ。監督は『トロン: レガシー』(2010)や『トップガン マーヴェリック』(2022)のジョセフ・コシンスキー。出演はクリス・ヘムズワース、マイルズ・テラー、ジャーニー・スモレット=ベルなどである。

 物語はスパイダーヘッド刑務所から始まる。さまざまな囚人が集められたこの刑務所では、感情をコントロールする薬の実験がおこなわれている。実験を仕切るのは刑務所管理人のスティーヴ・アブネスティ(クリス・ヘムズワース)。独断で治験を繰りかえす彼にとって、囚人たちは使い捨てのモルモットに過ぎない。人権意識や倫理を持たず、人の心を制御する術を冷酷に突きつめようとする。そうした狂気に囚人のジェフ(マイルズ・テラー)とレイチェル(ジャーニー・スモレット=ベル)も飲みこまれるが、ジェフのとある行動をきっかけに、実験は綻びを見せるのだった。

 転向療法や『時計じかけのオレンジ』(1971)のルドヴィコ療法といったSF的ネタも脳裏に浮かぶ本作は、散漫な印象が拭えない。嬉々としてマッドサイエンティストを演じるクリス・ヘムズワースの姿はおもしろいし、マイルズ・テラーとジャーニー・スモレット=ベルの演技も確かなクオリティーだ。にもかかわらず、スリラーやコメディーなど多くの要素を詰めこんだストーリーは最後まで締まりがなく、序盤で漂わせるミステリアスな緊張感という魅力も長くは続かない。展開や演出も継ぎはぎ感が際立ち、残念ながら本作は悪くないアイディアを活かしきれなかった映画の域に留まっている。

 強いて言えば、誰も他人の心を支配出来ないし、人は微力かもしれないが無力じゃないと示すメッセージ性は見どころだろう。善意や心の強いつながりを信じる者に光が差すところも、『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014)などアメリカのスーパーヒーロー映画でよく見られる価値観と共振するという意味で、興味深い。
 それでも、90分以上画面と向きあってまで観たい作品かと訊かれたら、筆者は首を横に振ってしまう。



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