映画『楽園の夜』


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 韓国の映画監督パク・フンジュンは、ノワール作品を得意とする男だ。組織という仕組みの力学を描いた『新しき世界』(2013)、韓国にまつわる政治的利害を物語に取りいれた『V.I.P.』(2017)など、作品ごとに新たなアイディアを示し、批評面のみならず商業的にも成功を収めてきた。

 だが、その『V.I.P.』は多くの批判も寄せられた。女性キャラクターに執拗な暴力を振るう描写が女性蔑視だと指摘されたのだ。
 筆者からすれば、こうした意見はまっとうだと強く感じる。物語を紡ぐうえで必要不可欠な描写とも言えないため、なおさらだ。もっと言えば、女性キャラクターが残忍な性的暴行を撮るための道具として扱われており、どう観ても健全な人権意識を見いだすのは難しいシーンだった。
 批判を受け、パク・フンジュンは問題のシーンについて語っている。そのなかで、ジェンダー(性役割)に関する知識のなさ、男らしさに対する先入観など、自らの未熟さを認めた。

 このような背景を知る筆者にとって、パク・フンジュンが新たに作りあげた映画『楽園の夜』を観るのは、勇気が必要だったと認めなければいけない。また女性キャラクターが残酷な描写に晒されているのではないか? あるいは女性蔑視な視点が色濃いのではないか? さまざまな不安が頭のなかで渦巻き、期待の高まりを抑制しつづけた。

 しかし、蓋を開けてみると、筆者の不安は吹き飛んだ。大切の者たちを殺された犯罪組織の構成員テグ(オム・テグ)と、人生に失望しているジェヨン(チョン・ヨビン)が心を通わせるも、テグに迫る組織が2人の平穏を奪っていくという物語自体は、ノワール系の作品ではよく見かける設定で目新しくない。裏切り、暴力、刹那といった要素も同様だ。
 とりわけ、凄まじい暴力描写や孤独な者同士が繋がる展開には、『グリーンフィッシュ』(1997)、『甘い人生』(2005)、『生き残るための3つの取引』(2010)といった韓国ノワールの文脈を容易に見いだせる。そういう意味で、本作におけるパク・フンジュンはノワールの定番をなぞっており、これまでの作品群と比べて斬新さが後退しているのは否めない。

 それでも、本作は見どころが多い映画だ。男の友情や熱い仁義など、韓国映画に多い要素を徹底的に排し、醜い情動を描く。どんなにクソ野郎であっても、利害関係を考えると得になる者は生かされ、人として魅力があっても得になければ容赦無く切りすてられる。こうしたドライな視点が終始漂う物語は、排外的思考に至るホモソーシャル性を帯びがちな、男の友情や熱い仁義といったものに向けた懐疑心が滲む。
 過去作を観てもわかるように、もともとパク・フンジュンは男の友情や熱い仁義に執着を持っていない映画監督だ。その側面が本作でより顕著になったのは、女性蔑視の面で『V.I.P.』が批判され、ジェンダーの問題について自省した影響もあるのではないか。

 そう思わせるのは、物語の展開も深く関係している。半ば力業を用いて、本作はテグの物語ではなく、ジェヨンという“女性の物語”に変貌するのだ。
 嫌々ながらもテグを助けるなかで、ジェヨンはテグに好感を持つようになる。些細な会話を多く交わし、束の間の楽しみを享受する。だが、テグを追う組織によって、悪くない時間は瞬く間に壊されてしまう。平然と仲間を売りわたしたり、心ある者が蹂躙されたりと、楽しみが壊されるなかでジェヨンはいくつもの不公平を見せつけられる。

 それらの体験が積もりに積もったのか、ジェヨンは物語の終盤で銃を手にする。強い決意を持ち、悪党たちが集う食堂に入ると、〈酒がまずくなる 失せな〉と言い、次々と撃ち殺していく。
 このシーンからラストまでのシークエンスは、紛れもなく本作のクライマックスでありハイライトだ。因果応報という言葉がふさわしい悪党たちの結末は不公平に対する嫌悪感を示し、観客に少なくないカタルシスをもたらす。暴力的なホモソーシャル性を隠さず、ジェヨンに性的眼差しを向ける男たちが倒れていく様は、男の友情や熱い仁義に向けられるのと同じ批判的視座を漂わせる。

 とはいえ、暴力は多くを奪い、破壊するものだ。それはジェヨンも例外ではない。目的を果たした後、ジェヨンはひとり海辺で佇む。イヤホンをし、目にうっすらと涙を浮かべながら、自らの頭に銃を突きつける。そのあと暗転し、乾いた銃声が鳴りひびく。

 銃声が鳴りひびいたあと、舞台である済州島のたおやかな風景を映し、『楽園の夜』は幕を閉じる。暴力や不公平に巻きこまれあがき苦しむ者たちと、島の美しさを対比させるようなエンディングは、タイトルにある楽園という言葉が持つ皮肉を強調する。まるで、平和に見える場所にも暗部はあるとでも言いたげだ。
 この幕引きに筆者は、『V.I.P.』でうかがえたパク・フンジュンの政治/社会的眼差しと地続きの姿勢を感じた。『V.I.P.』ほど明確ではないが、苛烈な格差社会など多くの問題を抱える韓国、ひいてはその韓国と似た問題を持つ国々に住む者たちが共鳴できるくらいにはあからさまである。




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