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なぜ子供のイジメを研究するのか?

子供は大人の幼虫だから、イジメが起こる。『人権意識がなく、ソーシャルスキルが足りない子供の問題だ』と学者は言う。だから学校(学者・文科省)の考えつく防止策は役に立たない。

ロールプレイングさせたり、人権意識を高める映画見せたりする。対策が効果を産まないのは、間違えた仮説に基づいているからである。そして「大人」で有る私達も同じ様に苦しんでいるのだ。子供のイジメを直視することは私達自身の苦しみを見つめることでも有る(注)。

一回NPOの活動に出席したが、吐き気がした。文科省の描く子供の姿をそのままに演劇にしたりダンスにしたりして、教師と子供と親が一緒に踊るのだ。僕がいじめられている子供で無理やり出席させられたら発狂していたかもしれない。主催者が友人で熱心な人で、あんまり勧められたので行ったがそれ以降合わないことにした。本人は真剣なんだろうが、だめだ。これは、パワハラする上司やセクハラする経営者の前で「人権・尊重・自由」などと声を揃えて踊ったところで意味がない。彼らの内に欲望があり、それを抑止する力がないために起こる(お、早速結論が出た)。セックスしたいからセクハラする。良い時給の地位を与えることでセックスを買うのだ。「世の中には金で買えないものも有るが、期待するほど多くはない。」(モーランド・ホームズ談)。

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多くの人は、小さい頃のことを覚えていない。学者様が「子供は大人の幼虫」なのだと考えても仕方がない。しかし、それは覚えていないだけのことだ。同じ「律(言語)」をもった人なのだ。そこには苦しみも喜びもあり、未来への夢も叶わぬ絶望もある。身体の大きさでは魂の大きさは測れない(ナウシカ談)。

僕は学者のように「学説や権威」に囚われる必要がない。多くの人が苦しみあがいているのだ。一人でも多くの人の辛かったことを知りたい。見つけたものを教えてもらいたい。黙って専門家に任せていたら殺され損だ。

イジメが起こるたびに専門家が入ってきて、先生や学校運営者には問題がなかったとお墨付きを与える。役人が無罪だったと保証しにお仲間が来るのだ。僕はいつも悔しい。自分が親だったら、鍵かけてガソリンぶちまけて一緒に死んでやる。自分の子供が自殺したと考えてみればいい。役人はサイコパスでなければなれない職業のようである。

そして、どうなれば良いだろうか。

専門家は僕らの苦しみを飯の種にする。奴らの言葉に頼ることはない。

答えは、僕ら自身の中に持っている。そこを探せば良いのだ。「外国の文献も試験管の中も、沢山の社会調査」を探しても見つかるわけがない。

僕は糖尿病を学ぶことで権威こそが人を殺すと知った。小さい頃随分いじめられた。子供もいじめられた。大人になってからも随分いじめられた。あのときの僕を助けたいのだ。今苦しんでいる子どもたち(そして大人になった子どもたち)とともに別な未来を探したい。

苦しまずに生きることの出来る社会が可能か考えたいのだ。

小さい頃のアルバムを見てもらいたい。どんなに豊かな生活をしていたか、かつて自分が子供だったことを思い出してみよう。

星のおお父様2

友達との思い出、悲しさ、僕はnoteの記事にその片鱗を見るとほんわかしたり涙が滲んだりする。

還暦オヤジがグスグスパソコンに向かている姿はなかなか見れないだろ。

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僕の小学校の頃の写真、大きな人が磯部先生。母の友人で、母が九九が出来ないと僕を嘆いた時に、誰でも大きくなれば出来るんだから無理に覚えさせるなと言ってくれた。しかし、母は間違えないで言えるまで風呂から僕をあげてくれなかった。今でも風呂と九九(7の段)が嫌いなのはこのときのせいである。「し(四ノ段)」と「ひち(七ノ段)」が今でもうまくいえない。やっぱ、バカなのか?風引かないし長生きできても、良いことばかりではない。

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イジメは社会の変化に対しての当たり前の前の反応

老人は、「昔からイジメは有ったがここまでひどくなかった」という。おそらくそれは本当だと思う。僕は1960年生まれであるが、イジメがひどくなる時代の少し前の世代だ。

僕は中学校でいじめられたが、別に流行に敏感だったわけではない。中学校が田舎のエリアの小学校と一緒になっったために、そちらのエリアの子どもたちは、都会の子を標的にしてイジメていた。僕は格好の餌食であった。確かに、中卒、高卒で自分の家の仕事(農家)を継ぐように言われていた子供から見たら、僕などは「敵」の代表選手である。

文科省も多くの対策をとる。しかしことごとく裏目に出る(笑)。「ゆとり教育」と言う言葉をご存知だろうか。1980年代から2010年ぐらいまでの政策である。

そして、イジメについての様々な研究も行われる。僕が読んだ本は実に細かいところまでよく分析してある。さすが、専門家である、しかし、イジメはなくならない。生活習慣病を研究しても人々の苦しみは深くなっていくだけだ。

イジメの体験談も読んでいると涙が出てくる。しかし、「この大流行の原因」を社会の変化に求めるものは少ない。

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白いニットの服が僕。コマッシャクレたガキである。隣の男の子がsくん密かに恋していた。ハンサムが好きな子供であった。まだ童貞である。その後も長く童貞である。世の人々は見る目がない。

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社会全体が同じ苦しみを抱えている。

子供のイジメは『コミュニティにおいての人の行為としての「イジメ」』を研究する材料になると気がついた。イジメは子供だけの問題ではない。

「セクハラ、パワハラ、自殺、うつ、統合失調症、過食、拒食、リストカット」いずれも私たちの社会全体に見ることの出来る「病」である。

「病因」のない「症状だけの病」であり患者の自己責任とされる。治療法は様々に考案されるが、いずれも「外科的な治療」「その時の悪者探し」であってよく効く薬が教室を静かにするが薬物はいずれは快適な問題につながる。

この「薬学的ロボトミー」という解決方法もごく最近(1980年代以降)のものだ。そして、その薬はよく効くのだ。

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て自前の右の子を僕は好きだった。コケティッシュで小動物のようで声を聞くのが好きだった。死ぬまえに一回あの声を聞きたい。手前の左の子はKくん。地味な子供同士で大の仲良しだった。彼はどもりで、僕は「ち」と「き」をいいわけられなかった。彼は30歳を過ぎて自殺する。お母さんが教師で、お父さんも自殺している。今は広い家に弟さんが暮らしている。

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「修復的司法」と言う考え方

学校でいじめやイジメと関連した場合、「自殺」が発覚すると、関係者はジャッジしようとする。悪者を探し処罰(人権教育カリキュラム)して償いは終わりとする。

学校オンブズパーソンや第三者機関が調査に参加することも有るが、その目的は学校には何も落ち度がなかった言う結論になる(注)。

決していじめられたほうを非難しない。昔、随分いじめられたほうが悪いという風潮があり、そのカウンターである。しかし皆いじめられたほうが悪いという分に考える。

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手前左がTさん、食べているものを口から出して観察したり、鼻くそを観察して戻したりするのでみんなに嫌われていた。今はもうしないだろうか。生きていれば僕と同じ還暦である。髪の毛はチリチリで「ジャッパンゲ」と言われていた。今なら「地毛証明」が必要だろうなあ。

「コミュニティの関係性が犯罪を生む」と考えると、犯人を探しても意味がないと分かる。繰り返されるし、もっと見つかり辛くなたり、パワーゲムの内に主客が逆転したりするのだ。

では、修復っていうのは可能だろうか?閉じたコミュニティで限られた「財」を美味い合うのである。おそらくは無理だ。そこが修復的司法の限界である。社会のあり方と結びついてくる。

富の分配のルールが公平で誰も文句を言わないものでなければ社会は成り立たない。今の社会を見れば分かる。こういう社会はテロで滅びるほかないのだ。

日本人はひっそり自殺するし、アメリカ人は協会で神様ごと信者を殺す。適切に犯人を殺せないのがテロの弱点である。やっぱ、デスノートがいる。ヨンドゥの「Yaka Arrow」でもいい。

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1966年(小学校1年)のオルガン教室の発表会、どこのいい家のお坊ちゃまかと思えば、僕である。こりゃイジメられるわけだ。表面的に仲良くさせても無駄である。僕のいじめられたとき(中学校2年生)は、イジメてくれたお2人を家に呼んで先生と父母と会食をした。仲良くなろうなと彼らはおもわない。面倒なことしやがって(タレコミ)と思うだけだ。よく日から僕に近づくクラスメイトは居なくなった。嫌なものである。彼らの標的はいくらでもいる。僕はクラス中に嫌われてしまったのだ。3年生になる時にほぼ全員と違うクラスになった。学校側の配慮であろうと思うが、何故か僕は3年間ほぼすべてのクラスメイトと一緒にはならなかった。学校というのは監獄であると今でも思う。

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スティーブン・ピンカーさんの言葉

ピンカーさんは、人の文化の多様性を考察して、言葉の始まりを考察する著書の中でこんな事を言う。

世界の多くの文化は違い、憎み合い殺し合う。しかし、すべての文化は驚くほど同じである。.......「人をいたわり共感する心」は同じなのだ。だから人間同士はともに生きることが出来るのだ。

僕は、時に絶望する。自殺した子供に責任があり自分たちには責任がないという「先生様」、平気で虐待する親、薄ら笑いながら部下をいじめ殺す上司、セックスを強要する経営者、DVに怯える妻、セックスレスに悩む夫婦(ン、俺か)もうこんな世界滅ぼしてしまえと思う(僕だけひっそりと退場するのだけどね)。

時に素晴らしいことも有る。友愛に満ちた子供の姿、可愛らしい赤ん坊の仕草、戦乱の中で自分の命を顧みず助けようとする人たち。そんな人を見る時、ピンガーさんの言葉を思い出す。

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このお話の続きです。

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注)学校オンブズパーソン

2015年位に一度学校オンブズマンの仲裁の現場にオブザーバーとして参加したことが有る。この時の話は今でも反吐が出そうである。どこかで書くが、最も唾棄するべき思想に凝り固まったクソ野郎どもがグチグチと腐敗しているものを見るようであった。何よりも偉そうな専門家ズラは許しがたい。再発防止のために参加するようであるが、その内容は保護者をモンスター扱いして土下座しておしまいである。本当に胸が悪くなる。まあ、それで満足する親が悪いのだが。

2014年位に随分ブログに書いていた。

この頃は、娘と息子が相当やられていた時期である。辛くてたまらなかった。その後、妻と子どもたちは僕をいじめる。家族を殺して死んでやろうかと考えたことも何度も有る。恐ろしい話である(笑)。

大まかにはこの時期の考えていたことの発展形である。格差の問題と絡めて、「大人のイジメ問題」に延長すると今の僕の考え方になる。

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注)そして「大人」で有る私達も同じ様に苦しんでいるのだ。子供のイジメを直視することは私達自身の苦しみを見つめることでも有る

ある日突然、子どもたちは大人になる。学校に行かなくても良くなった日の事を僕は忘れない。受けた大学は皆落ちて、東京で予備校に行くことが決まっていた。あの開放感は忘れられない。学校という場所が「子供のイジメを生む。」そして、社会という環境が大人のイジメを生む。

人は社会という海を泳ぐ生き物だ。そして「大人の社会」の投影が「学校の社会」である。学校によって「海の荒れ方」は全く違う。時に学校をターゲットにしたテロが起こるが、それは学校に代表される社会の階層に憎しみが集中するからである。小学校に刃物持って入り込んだ方がいる。社会の歪がその男を通じて表現されている。男を場したところで類似の事件は後をたたない。

僕は、高校の卒業式にはでなかった。

次回予告(笑)

学級崩壊と先生が子供と一緒に生きていかなくなったことがメインになります。この2つのnoteはとても考えさせられます。

頑張ろう、みんな。その姿を見ると、僕も頑張れる。

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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。