トリチュウムは安全であると大合唱する世の中の違和感
そもそも、原子力の放射能は完全に封じ込める約束であったはずである。
決してそうはなっていない。
世界でそうなっていないから良いのだというのは余りに無責任である。
当初の約束では、漁民の合意を待つと言っていたはずなのに「丁寧に説明する」の一言である。
同じことを繰り返すことが丁寧と言う意味のようである。
そもそも、原発の事故は起こらないということであったはずだが、想定外であるという一言で免責される。
アメリカやカナダは良いと言ってくれているとといえば世界が許してくれていると思