見出し画像

All Is One: ヘヴィ・メタルがつなぐイスラエルとパレスチナ

イスラエルのヘヴィ・メタル・バンド ORPHANED LAND は、そのキャッチーな歌とエモーショナルな歌詞、強烈なビートにオリエンタル・プログレッシブな音楽性で忠実なファンを生み出してきました。しかし、このバンドはそれ以上に、リスナーに平和のメッセージを伝えるという使命を持っています。"中東で最も人気のあるイスラエル人" とまで謳われる彼らは、ノーベル平和賞に推す声まで上がるほどのバンドなのです。

2013年夏から "All Is One" ツアーを行った彼らは、そこにパレスチナのヘヴィ・メタル・バンド、KHALAS を招き、共演し、ツアー・バスの狭い空間で友情を培いました。ツアーにはヨルダンの BILOCATE も参加。これによってライブの多様性は増し、その結果、ヘヴィ・メタルは、人々は少しの違いがあっても調和して協力できることを世界に示すことができたのです。

それまで、パレスチナ人とイスラエル人が一緒に仕事をすることはあり得ないことでした。しかし、2つのバンドは互いの文化的な違いを尊重し、その違いを受け入れさえすることができました。そしてこの結びつきは、人と人を分断し引き離すものよりも、むしろ人と人を結びつけるものに注目することの大切さを世界に伝えたのです。

ORPHANED LAND のリード・ヴォーカル、コビ・ファーヒは、音楽を通じて自分たちを表現するという明白な理由のほかに、このツアーの目的を強調しました。「私たちは、紛争地域に住む異なる背景を持つふたつのバンドが、それでも平和に共演できることを示したかったんだ」

ファーヒが言及した紛争とは、イスラエルとパレスチナの領土をめぐる争いや曖昧な国境をめぐる争いのこと。特に、1947年の戦争は、極度の暴力で、中東の地図と近隣諸国の気質を完全に変えてしまいました。紛争と混乱はそれ以来続いており、互いの土地への不法入植が絶えず、暴力的な攻撃は毎日のように起こっています。そうした混乱にもかかわらず、彼らは音楽への愛で紛争を収めようとしています。差し迫った問題の解決に最も必要な美徳、寛容さを体現しながら。

「パレスチナとイスラエルが一緒に暮らし、一緒に演奏し、政治家たちに小便をかける。政治家は信じない。たかが同じテーブルにつくだけで、何年もかかるんだから」

ORPHANED LAND が作曲した曲の歌詞も政治に焦点を当てています。彼らの代表曲のひとつである "Disciples of the Sacred Oath" "聖なる誓いの弟子たち" には、「血の兄弟よ、戦争の終わりを見届けようか?それとも、救えなかった自分たちのために、また新たな墓穴を埋めようか」という一節があり、これはイスラエル・パレスチナ紛争に言及したもの。

KHALAS のリード・ギタリストであるアベド・ハスートは、"我々は全てにおいてメタル兄弟である "と主張しています。「このツアーほど平和への大きなメッセージはない。日常生活では、それぞれの側が私たちを引き離すためにあらゆることをしていると感じるね。人々が恐れているとき、コントロールするのは簡単だ。だからこそ、私たちがしていること、私たちの友情、それは指導者たちにとってとても危険なことなんだ」

イスラエルとパレスチナの絶え間ない紛争がもたらす荒廃と貧困、そして憎しみ。2023年、それは遂に最悪の事態を招きました。音楽と、相違点よりもむしろ共通点に焦点を当てる取り組みを通じて調和を成し遂げようとしていた彼らの想いは踏み躙られました。それでも彼らは、"メタル・ブラザーフッド" として、ヘヴィ・メタルが率先して宗教的・政治的な寛容さを示すことができることを、確実に示し続けてきました。

「音楽で世界を変えることはできないが、共存がいかに可能であるかを示すことはできる。ステージを共有し、バスを共有することは、千の言葉よりも強い」そうファーヒが話せばハスートも「KHALAS はアラビア語で "十分" を意味する。パレスチナ人だからといって、占領についてだけ歌うことを期待されるのはもう十分だ。パレスチナ人として、ビールや、ステージでブラジャーを投げつけてくる女性たちのことを歌にする権利がある。私たちはまず、何よりも先にメタル兄弟なんだから」と応えます。

このイスラエル人シンガーは、"他者" を敬遠するのではなく、受け入れることで何が達成できるかを示しています。それでも、彼には忌まわしき過去がありました。「私は子供の頃、洗脳されていた。14歳くらいのとき、"アラブ人に死を" という落書きをしたこともある。私の住む街でテロがあり、子供が殺されたんだ。それで私は、アラブ人が大嫌いなんだと思っていた。憎しみの連鎖だよね。今日、私はそのことをとても恥じているけど、そのレベルから、今ではまったく異なる視点に到達したと言えることをとても誇りに思っているよ」

シリアからサウジアラビアまで、近隣のアラブ諸国には数万人の ORPHANED LAND ファンがいますが、その多くの国は彼らの音楽を禁止し、イスラエル人の入国も禁止しています。「そこで演奏するためなら歩いてでも行く。そこで演奏するためにお金を払う。バンドの夢は、世界中どこの国でもファンに会うことだ。私は世界40カ国で活動しているが、今、自分の国の近くには行けないんだよ…私は音楽家で、繊細な心を持っている。シリアやガザ、ベエル・シェバ(イスラエル第7の都市)で負傷した子供たちのことを耳にする。まずは彼らを救わなければ。彼らがどこから来たかなんて、どうでもいいじゃないか…」

テルアビブに隣接するヤッファのファーヒ、イスラエル北部のアクレのハスートという、民族的に混ざり合った都市で彼らは育ち、現在もそこで暮らしています。そしてふたりは、政治的対立をどう解決するかという、一見不可能な問題にさえ答えを持っています。

「実は、それほど不可能なことではない」とファーヒは主張します。「まず、教育システム全体を変えることだ。子供たちが3歳になったらおもちゃの銃を持たせるのではなく、命の大切さについて教えるんだ。イスラエルの子供たちを連れてアラブの村を訪ねたり、アラブの子供たちを連れてイスラエル人を訪ねたりして、一緒にサッカーをしたり、言語の類似性を学んだり、歴史を学んだり、自分たちがいかに似ているかを学んだりする。もうひとつは、数百万人の中から、私とアベドのような友情を持つ政治家が2人必要だということだ。そして、彼らは羊飼いのように国を導くだろう。そして、すべてが解決するまで一世代を過ごすことになる」

ふたりは約10年前にラジオ局で出会い、中東風にアレンジされたヘヴィ・メタルが好きという共通点で結ばれました。どちらのバンドも、伝統的なヘヴィ・メタルの要素にアラビアのリズムや楽器、さらにバイオリン、フルートといった楽器を融合させています。彼らはそれを "オリエンタル・メタル" と呼んでいます。「西洋のロックンロールを中東のフィルターに通して、それを投げ返すんだ」とハスートは言います。

初対面のとき、2つのバンドは、自分たちを分断しているものは、団結しているものを打ち負かすほど強くはないことに気づくことができたといいます。「いつか、私たちの子供たちも一緒にバンドを結成するだろう」そうファーヒは信じています。

参考文献:


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?