摂食障害の思考を紐解く01
今回は摂食障害の当事者だった私が「思考」にフォーカスして、摂食障害についてシェアしていくnoteです。
はじめに
摂食障害は主に、拒食症(神経性やせ症)、過食症(神経性過食症)、過食性障害に分けられます。
それぞれの症状・思考・原因に違いがあります。更に紐解くと本人の「心の問題」や「思考」の違いがあります。好き嫌い・得意不得意が皆んな違うのと同じです。摂食障害を一概に、一括りには語れません。
私は神経やせ症の拒食症+過食嘔吐の症状が4年間続きました。今回は神経やせ症の思考にフォーカスしていきます。
摂食障害の原因
発症の原因として「本人の心の問題(生き辛さ)」と「世間の価値観(ルッキズム的思想)」が重なってしまうからだと思います。
私は心の問題を「心の凹み」そこに、ピタッとハマったパズルのピースのようなものが「摂食障害(症状)」だったと表現します。
凹みとなった「心の問題・生き辛さ」は本人の自覚が無い事も多く、無意識なのです。生き辛さを痩せに隠して、守られているという状態になります。なので癒着があって、離れる事が難しいのです。
自信がないから発症するとも限りません。色々な個性が何かしらの要因で摂食障害となり、これは誰でもなり得る精神疾患なのです。
心理的要因
"心の原因"と"社会的要因"が重なって発症の原因になると考えられています。
心理的要因というのも、私なりの言葉で表せば「悩み方の問題」でもある気がします。
人間です、欠点や短所があって当然です。人との違い・差を感じる事も生きていれば誰にでもあります。
悩み方や解決策として、自分の最適解(ベストアンサー)を見つけられる人もいれば、見つけられない人がいます。
悩み方・模索の仕方に「一人で抱え込む」「無理してしまう」などの傾向があったり、悩む事に対する感情が「恥ずかしい・罪悪感・劣等感・嫌悪感」と感じる傾向、受け入れられないなど「悩み方の問題」があると考えます。
見た目の事だけではなく、これまでの生活(学校・仕事etc…)で傾向が見受けられる事もあります。
本人は「当たり前・無意識」の中で思考を巡らせています。強い苦しみを感じていても、原因に「悩み方の問題」があるとは自覚できていない事が多いのです。
悩みを抱えた場合の「思考のスタートライン」が特殊なのです。自虐的・否定的な事もあれば、自分に問題は無く「他者の問題」と決め付けることで自分を守っているようで、問題の解決に繋がらない矛盾に孤立してしまう人もいます。
スタートラインの違った悩みの思考は「ぐるぐる思考」とも呼べます。自分で抱え込む思考のスパイラルは気付かない内に道逸れてしまったり、全く関係のない物事と結び付けたり。
ぐるぐる思考の中で「ひらめき」のように解決策や抜け方を見出しても「飛躍したアンサー」だったりします。
飛躍したアンサーでまたぐるぐる思考を始めてしまって、本人の無自覚の内に、大事な論点とズレた考え方となってしまうのです。
こういった「無意識(無自覚)」の中の思考が「心理的要因・心の凹み」となって、苦しみの解決策・ベストアンサーに「痩せ」を選んでしまうのが摂食障害さんです。
社会的要因
摂食障害さんの元々持っている「心の凹み」に「社会問題のあれこれ」がフィットしてしまう事で、発症の原因にもなるのです。
誰にでも、コンプレックス・体型の変化を感じる事はあります。悩みや変化を強く意識する人、しない人。解決の手段として「ダイエット」や「整形手術」など、あらゆる選択肢の中からチョイスして解決策を模索する人もいます。
この「解決の為の選択肢」こそが「社会問題」です。健康的なのか?正しい選択なのか?本人の判断が悩みやコンプレックスに大きく傾いて、今後の事を見据えた選択ができなくなってしまうのです。
(先程書いた「心理的要因」がバイアスとなって、思考の拍車をかけていくのです)
選択肢になっているのは、街中やスマホで見かける「広告・商品」「インフルエンサー・エンタメ業界の姿(在り方)」「SNSの投稿」などなど沢山あります。
今では「ボディーポジティブ」の思想や「反・ルッキズム」を実現する会社や個人も増えてきましたが、まだまだ主流的ではありません。
食品棚に並ぶ「ロカボ」や「低糖質・低脂質」などの文字。ジムやヨガ(運動習慣)は心の健康より、体の「見栄え」重視。多くの人の「あるある」や「悩み」に共感を買う、キャッチーな言葉で広告されています。
ダイエット(痩せ意識)・美意識(ルッキズム)は、私達の日常に強く根付いているのです。
購買意欲が掻き立てられる、それだけのニーズがあるという事です。企業側もニーズを理解してビジネスをしています。
ビジネスの一環で需要のない人にまで「美意識の強要」となっているのが社会問題です。
SNSのインフルエンサーも、より多くの人に「いいね」してもらえる情報であると認識した上、戦略の一手として「美意識」を取り上げる方が多いのです。
ニーズの為の商売がニーズのない人にもニーズを植え付け、買い手を増やしています。
こうした世の中の「資本主義なサイクル」に生まれた私達は仕方なく犠牲にしている物事が沢山あります。
どうしようもない大きなサイクルには、各々が距離感を持って、自分の心と健康を守っていかなければなりません。自己管理です。
子供・学生。まだ若く、知識も未熟な世代にとっては、大きなインスピレーションになって固定概念に変わってしまいます。「痩せていた方が幸せなんだ」「可愛い方が楽しい」など。
また、友達同士での評価基準・世間からの評価の大事な評価基準として「容姿」がランク入りしているのです。
自信・スキルなど「自分の心を満たす方法」として、勉強や特技・趣味の中に「容姿」という枠があります。
「綺麗でいる事・可愛くなる事=努力の証」として、達成感・自己肯定感を感じてしまうのです。
(特に)学生さんは「今、自分という人間について学ぶ時間」の最中なのです。
自分の満たし方や自分の存在意義など、分からなくて自然な時期なのです。そこでルッキズム思想に重ねてしまうと、選択肢の幅が狭まってしまいます。
年代別の美の価値観があって、いつまでも容姿に執着・投資させるビジネスがあります。年齢関係なく、自分の心を容姿に引っ張られないように守っていくのは大事な健康法です。
摂食障害になる人・ならない人
ここまで書いた事を簡単にまとめます。
皆さん誰でもコンプレックスや悩みってありますよね。見た目の悩みもあると思います。
解決策としてダイエットや食事管理・運動習慣をする人もいます。が、これらを行う人間全員が「摂食障害」になる訳ではありません。
既に自身の悩みの多くを容姿で占めていても、それでも摂食障害にならない人もいるのです。
違いとして考えられるのは「心理的要因」だと思います。年齢・環境などの変化で心理的要因は変わっていきます。
例:「若い頃のダイエットを大人になってスタートしたら摂食障害になった」という事もあります。自分の心が容姿とは違う理由で病んでしまっても、それがバイアスとなって、見た目に執着・依存させていきます。
たまたま、本人の心が「他に心の満たし方を知っている」「自信が与えられる環境がある」など、他の選択肢を持っていて選択できる状態なんだと思います。
言い換えれば、偶然です。摂食障害という病気は「誰でも・いつでもなり得る病気」なので、私は大丈夫。という心でダイエットや食事制限をスタートして欲しくありません。
もし、自分の今の食生活や容姿に対する「こだわり(マイルール)」があって自分との約束が多く守る事に心労があるなら、カウンセリングや友人に相談するなど、客観的になる時間として心と向き合って欲しいと思います。
最後に
身近に、容姿について深く悩んでいる方がいたら教えてあげられる自分で在りたいと思います。お節介でも、優しさは必要だと思います。ちょっとした気遣いが、救いになるのです。
自覚の中に「偏り」があるなら、引き返せる時に引き返して下さい。心理的要因である「生き辛さ」と向き合って、容姿で紛らわさなくても大丈夫だと自分に教えてあげて下さい。
今回は発症の原因や要因についてシェアしました。参考になればいいなと思います。
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