#短編小説
『東京23区最後の日』最終回
1話
2話
3話
4話
5 そして最後の日
遠くに、高い壁が見えてきた。あれが、東京23区を囲む壁か。思っていたよりも高いな。
トオルは、立ち止まって汗を拭う。大きく息を吐くとまた歩き始めた。
トオルは歩きながら、携帯を見た。日に日に、その回数が多くなっているのは自覚している。それでも、見ずにはいられない。
ナオコとのタイムラインには、もう何日も前から、トオルのメッセージだけが並んでい
『東京23区最後の日』4
1話
2話
3話
4 時計回りの終末へ
彼女は、大きな声を出そうとした。いや実際に出していたのかもしれない。もはや自分の声がどれなのか、わからないくらいに怒号に溢れていた。声が声を消してしまう。それはまるで彼女の存在そのものまで消してしまうのではないか。そんな恐れを彼女はだいた。
「通してください」
間違いなく彼女は叫んだのだが、その声は彼女の耳には届かない。そうだ、同じようなことがあった
『東京23区最後の日』2
1話
2 霞ヶ関の方で
始業前の点呼で所長のナエハラが話していた。
「最近は、道路の渋滞が異常です。どこにお迎えに行くにも、お送りするにも、十分に余裕を見てください。また、帰庫する際にも、遅れることのないように早めにこちらに車を向けるようにしてください。では、今日も安全運転でお願いします」
ぱらぱらと「はい」の声がして解散する。
タケシも、返事とも唸り声ともつかない低い声を出して、周りを
『東京23区最後の日』1
1 東京じゃないから
ナオコは毎日トオルとのメッセージのやり取りを欠かさない。
昨年、地元の高校を卒業して、東京の大学に入学した。いくつかの志望校はあったものの、東京の大学ならどこでもよかった。
地元にも大学はあった。しかし、ネットで流れてくる若い女性タレントの東京での私生活に憧れないわけにはいかなかった。
「今日は久しぶりのオフ。表参道の新しいカフェでランチでーす」
しかも、そのアイド
『月の耳作戦』 # シロクマ文芸部
「月の耳作戦で行くで」
キャプテンの高田がミーティングで突然言い出した。
当然みんなの頭の上には「?」が、ポンポンポンと飛び出した。
「何や、それ」と4番の中井。
「秘密や」
「アホか、さっさと教えろ」
エースの樋口が突っ込む。
「とにかく、俺が『月の耳でいくでー』と言ったら、『よっしゃー』で答えてくれ」
「なんやと」「何でやねん」「アホ」
ベンチ裏は騒然とした。
「とにかく、キャプテンが言ってる
『滅亡の日に飲むコーヒー』
お酒の飲めない私は、いつもそのバーのカウンターでコーヒーを飲んでいる。
バーに女性ひとりも珍しいが、そこでコーヒーだけを飲む女性はもっと珍しいだろう。
残業が深夜まで及んだ帰り道。
私はコーヒーがたまらなく飲みたくなった。
それも、自分ではなくて、誰かに淹れてもらったコーヒーを。
別にコーヒーにこだわりがあるわけではない。
豆の違いもわからないし、どんな淹れ方でも構わない。
急いでいる時には、イ
『古い新聞紙』 # シロクマ文芸部
「舞うイチゴ」
「読まなくていいって」
僕の声を無視して、ユミは読み続ける。
「県立東高校硬式野球部は創部以来30年間、夏の甲子園予選で一回戦敗退を続けてきたが、ようやくその厚い壁を乗り越えた。中学生の頃から東高校を勝たせようと誓い合ってきた、エースの高橋とサードの石田、背番号1と5が固く抱き合った」
「読まなくていいって、もう」
僕はユミの手から、新聞紙を取り返した。
破れないように慎重に。
何
『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募
指である。
紛れもなく指である。
出窓のところに、ポツンと心許なさそうに。
それは、あると言うよりも、そこにいるという表現の方が当てはまるような気がした。
カーテンの隙間からの月明かりを避けるようにして、そこにいる、それは、紛れもなく指だ。
指とわかれば、次はどの指かが知りたくなる。
ベッドの上から、じっと目を凝らす。
どうやら親指でないことは、形状から明らかだ。
そして、小指でもない。
ゆっくり
『金魚鉢』 # シロクマ文芸部
咳をしても金魚。
結果的には、咳をしてもしなくても金魚だった。
「咳をしてもひとり」
そんな句があったが、あれは、人生の孤独と諦観を詠んだものだろう。
だが、俺は違う。
孤独とはほど遠い人生を歩んできた。
実は、俺の咳をしても金魚には、その前段がある。
咳をしたら金魚。
そういうことだ。
咳をしたら金魚になったのだ。
いつも通り仕事をしていた。
同僚と机を並べて、上司の顔色をうかがいながら、キーボ
『心お弁当』 # 毎週ショートショートnote
俺は若い頃に、3人の友人と起業した。
売上が上向きだした頃、1人と喧嘩になり、そいつは離れていった。
支社を出した頃に、1人が反対して辞めた。
新しい業種に手を広めた時、1人を辞めさせた。
近くに「心お弁当」と看板を出す店があった。
毎日行列ができている。
興味があって並んでみた。
SNSでは庶民感も大切だ。
やっと順番が回ってきたと思うと、店主が言った。
「あんたに売る弁当はねえ」
俺は会社
『凍った星をグラスに』# シロクマ文芸部
凍った星をグラスに。
そんなことを平気で言える男は信用できない。
こんなできもしないことを、躊躇いもなく言える男は。
だが、彼はなかなかあきらめようとはしなかった。
「凍った星をグラスに入れて、君に飲ませてあげたい」
彼の誘いは執拗だった。
私にも責任がなかったわけではない。
興味がなかったと言えば嘘になる。
彼がどこまで本気なのか。
それに、彼が嫌いなわけではなかった。
信用できないこと以外は。
『ブーメラン発言道』# 毎週ショートショートnote
お前の言葉はナイフのようだと言われた。
だから、発言にはじゅうぶん注意しなさいと。
確かに、俺は毎日自分の言葉を磨きあげていた。
俺の言葉は、月明かりに鋭く光った。
昔は、言葉といえば、紙に書いたり、口で発したりするものだった。
その名残りが「発言」という言葉だ。
めんどくせぇ。
今は、みんな言葉を相手に投げつける。
ある日、俺は「く」の字の片方だけを持って投げてみた。
すると、それは回転しな