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『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募

指である。
紛れもなく指である。
出窓のところに、ポツンと心許なさそうに。
それは、あると言うよりも、そこにいるという表現の方が当てはまるような気がした。
カーテンの隙間からの月明かりを避けるようにして、そこにいる、それは、紛れもなく指だ。
指とわかれば、次はどの指かが知りたくなる。
ベッドの上から、じっと目を凝らす。
どうやら親指でないことは、形状から明らかだ。
そして、小指でもない。
ゆっくり立ち上がって、静かに近づいてみる。
気づかれると逃げてしまいそうだ。
息を殺して、見下ろす。
それは、第3関節というのだろうか、いわゆる付け根から先の指だった。
長さからして、人差し指か、中指か、薬指か。
そっと、上からハンカチをかける。
指は動かずにじっとしている。

朝、ベッドから出て、ハンカチをめくってみた。
指はまだそこにいる。
ハンカチを戻して、学校に行った。

帰宅すると、ハンカチをゆっくり持ち上げた。
やはり、と思った。
どうして、やはりと思ったのかはわからない。
とにかく、指は増えていた。
しかも2本。
1本は、その大きさからして小指だろう、
その隣に昨日の指とよく似た形のもう1本の指。
しかし、こうして並んでくれるとよくわかる。
昨日の指は人差し指で、今日のこれは薬指だ。
その証拠に、人差し指との間にもう1本分の隙間を開けている。
その隣に小指。
この調子で行くと、明日は、親指か中指だ。
そっと、またハンカチをかけた。
ハンカチの下で小指が少し動きかけたが、薬指が押さえつけた。
それきり、もう動かなかった。

次の日は、親指がきた。
意外だった。
てっきり中指が先にくるものだと思っていたから。
中指がきて、最後に親指がやってくるのだと思っていた。
つまり、こうだ。
まず最初に、人差し指であるお母さん指が様子を見にやってきた。
そして、きっと大丈夫だと思ったのだろう。
薬指のお姉さん指が妹の赤ちゃん指を連れてやってきた。
その次にお兄さん指がきて、最後に親指、お父さん指が現れる。
そう思っていた。
そうか。
お兄さんは、どこも一緒だ。
親に反抗しているのだ。
だから、仕方なくお父さん指がやってきて、その後に、少し不貞腐れてお兄さん指が現れるのだ。
並べてよく見ると、親指には傷がいっぱいついている。
他の指も綺麗とは言えないが、それほどではない。
まるで、お父さん指が懸命に守ってきたかのようだった。

次の日、お兄さん指は現れなかった。
その次の日も。
いつまでもハンカチで隠すわけにはいかないので、手袋を用意して、その中に1本ずつ入れてみた。
真ん中の中指のところだけが、くたびれたぬいぐるみの耳のように力なく垂れている。

ある日、手袋の中は空っぽになっていた。
中指だけでなく、すべての指が。
手袋は抜け殻のようだった。

そのまま、その指のことは忘れて大人になった。
ニュースで、古い戦争の犠牲者の写真を見た。
伸ばされた腕の先の指、その親指に見覚えのある傷跡。
中指は無かった。

(1198文字)


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