『凍った星をグラスに』# シロクマ文芸部
凍った星をグラスに。
そんなことを平気で言える男は信用できない。
こんなできもしないことを、躊躇いもなく言える男は。
だが、彼はなかなかあきらめようとはしなかった。
「凍った星をグラスに入れて、君に飲ませてあげたい」
彼の誘いは執拗だった。
私にも責任がなかったわけではない。
興味がなかったと言えば嘘になる。
彼がどこまで本気なのか。
それに、彼が嫌いなわけではなかった。
信用できないこと以外は。
「ごらん、これが僕の宇宙だよ」
地下室の明かりがつくと、真っ先に目に入ってきたのは、高さ50センチほどの大きなピッチャーのような容器だ。
透明な容器の中には、ネイビーブルーの液体が満たされて、その中を大小様々な球体が漂っている。
グリーンピースくらいのものから、プラム大のものまで。
中には自らかすかな光を放っているものもある。
また、その光を反射するものも。
「ごらん」
彼は、ピッチャーを上から覗き込むようにした。
「一見、バラバラに漂っているようだけど、よく見ると、ほら、わかるだろう」
確かに、それぞれの球体は勝手に動いているようでいて、規則性をもっている。
一定のペースで回転しながら、別の球体の周りを回っている。
確かに、宇宙のようだ。
彼は、スパークリングワインを注いだグラスを両手に持ち、ひとつを差し出した。
「さあ、約束しただろう」
私の目を見ながら、どこからか小さなトングを取り出した。
そして、ピッチャーの中から、中ぐらいの球体を躊躇いもなく取り出した。
たちまち白く凍ってしまったそれを、彼は私のグラスに入れた。
どうやら、常温では凍ってしまうようだ。
グラスの中で、球体はパチパチとはじけながら溶けていく。
その時に、小さな藻のようなものも流れ出た。
よく見ると、それはグラスの中を優雅に泳いだり、中にはもがいているようでもあった。
「大丈夫。球体に仕込んだ微生物だよ。もっとも、今では僕たちくらいには進化しているかもしれないけどね」
凍った星をグラスに。
もし、私たちの星が、誰かのピッチャーの中を漂う球体だったなら。
その滅亡が、新しい愛を生む。
彼に抱かれながら考えていた。
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