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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2023年3月の記事一覧

『オノマトペピアノ』

『オノマトペピアノ』

不思議なピアノがあると聞いた。
そのピアノは、一見、普通のグランドピアノらしい。
だが、そのピアノが奏でるのは、人の言葉、もっと言えば、いわゆる擬態語、擬音語、つまりオノマトペで曲を演奏する。
鍵盤を叩く人が、困っていれば、
「オロオロ」
あわてていれば、
「アタフタ」
その時の演奏者の心理を読み取っているかのようだと言う。

こんなことがあったらしい。
故国の戦乱から逃げ出したピアニストがいた。

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『優しい妻』

『優しい妻』

皆さんの奥さんはどうだろうか。
どうだろうかといきなり問われても困るだろう。
私が言いたいのは、皆さんの奥さんは皆さんのやることに口やかましくはないだろうか。
こうして皆さんに問いかける以上、私の妻は、私のやることなすこと全てに口を挟んでくる。
結婚する前から、こうだったならば、もしかしたら結婚までには至らなかったかもしれない。
付き合っている頃には、こんなことはなかったのだ。
何をするにも、どこ

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『理科室まがった』 # 毎週ショートショートnote

『理科室まがった』 # 毎週ショートショートnote

「理科室まがった」をして遊んではいけません。
そんな言い伝えが、僕の小学校にはあった。
ずっと昔、その遊びをした子供たちが消えてしまったという。
それがいつ頃のことで、いなくなった生徒は誰なのか具体的なことは伝わっていない。
それがどんな遊びなのかも、誰も知らない。
「理科室まがった」をして遊んではいけません。
その言葉だけが、半ば冗談まじりで伝えられてきた。

「理科室まがったをしようぜ」
放課

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『まだ咲かぬ桜の木の下で』

『まだ咲かぬ桜の木の下で』

なぜか、その堤防には一本だけ桜の木がある。
堤防の上の狭い道から数歩、川のほうに下ったところに生えている。
一本だけだから、桜の名所などではない。
春の満開の季節には、時折、親子連れがその下でレジャーシートを広げたりすることもあるが、その程度だ。
あとは、そこをウォーキングやジョギングで通り過ぎる人が、見上げるくらいだろうか。
もちろん、ライトアップなどされるわけもない。
いつからあるのかは、わか

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『だんだん高くなるドライブ』 # 毎週ショートショートnote

『だんだん高くなるドライブ』 # 毎週ショートショートnote

僕は勇気を出して彼女にプロポーズした。
しかし、彼女はなかなか返事をくれない。
その頃の僕たちのデートと言えば、いつもドライブだった。
食事は毎回、通りすがりのファミレスで済ませた。

僕は少しおしゃれなイタリアンの店に予約をとった。
今日こそ返事を聞けるだろうか。
でも、最後のエスプレッソを飲んでも彼女は何も言わない。
次は、高級な中国料理。
そして、芸能人でもおいそれとは来ることのできない三ツ

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『白い新聞』

『白い新聞』

学校からの帰り道、裕太君はいつもの公園を通っていました。
ふと見るとベンチでおじさんが新聞を読んでいます。
でも、そのおじさんの新聞は真っ白ではありませんか。
裕太君はおそるおそる近づきました。
「おじさん、何を読んでいるの?」
おじさんは白い紙から顔を上げると、
「これは、新聞だよ」
「でも、真っ白じゃないか」
「おじさんには楽しい記事がいっぱい見えるんだ」
納得できない裕太君におじさんは言いま

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『3月11日 14:46』

『3月11日 14:46』

タクシードライバーの朝は早い。
一昼夜勤務ならそうでもないが、彼の場合は日勤、つまり朝から夕方までの勤務だ。
家を出る時には、大学生の娘はまだ眠っている。
特に、この時期は既に春休みに入っているので、毎日遅くまで起きているようだ。
昨年、奨学金を条件に入学を許した。
許した、そう考えることに何となくやましさを覚えるのだが。
朝食の準備だけして家を出る。
その前に、妻の小さな写真に手を合わせるのが日

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『ダウンロードファーストクラス』 # 毎週ショートショートnote

『ダウンロードファーストクラス』 # 毎週ショートショートnote

モニターのグラフが水平線になり、ピーと冷たい音が病質に響き渡ると、医者は頭を下げた。
「どういうことなんですか、先生」
彼は泣き腫らした目で、医者に詰め寄った。
「約束が違うじゃないですか。この子は、もっと長生きして、苦労することなく、楽しい人生を送る筈だったんですよ。この子が生まれた時に、お願いしましたよね。この子には、ファーストクラスの人生をダウンロードして下さいと」
「ええ、確かにファースト

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『黒いワンピース』

『黒いワンピース』

何の変哲もない、黒いワンピースだった。
何か飾りがついているわけでもない。
襟や袖口がレースになっているわけでもない。
どうしてこんなものを買ってしまったのだろう。
いつもの店のロゴの入った紙袋から、そのワンピースを目の前に広げてみる。

その店で、顔見知りの店長がいくつか、これからの季節に合うものを紹介してくれていた。
その時に、ふと真っ黒いワンピースが目に止まった。
というよりも、目が合ったと

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『短い人生』

『短い人生』

そんなこんなで、もう死ぬことに決めました。
理由はいろいろあります。
それはぜんぶ遺書に書きました。
手書きで、きちんと書きました。
新しいペンを買ってきて、丁寧に丁寧に書きました。
私の最後の手紙ですから。
何度も、何度も書き直して、心を込めて清書しました。
便箋も封筒も、いちばんお気に入りのものを選びました。
私には高すぎるかなとも思いました。
でも、最後だから許されますよね。
書き終わると、

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『ヘルプ商店街』# 毎週ショートショートnote

『ヘルプ商店街』# 毎週ショートショートnote

ようこそ、ヘルプ商店街へ。
ここに来られたということは、あなたはよほど運のいい人に違いない。
え、俺はそんなに運がよくないぞって?
まあまあ、慌てないでください。
ここは、あなたの人生のお手伝いをする商店街。
望みをかなえるのに必要なアイテムを差し上げます。

こんなシャッター商店街に何ができるのかって?
おや、ちょうどいい。
男がひとり、むこうから歩いてきました。
よほど切実な望みに違いない。

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