2023年3月の記事一覧
『オノマトペピアノ』
不思議なピアノがあると聞いた。
そのピアノは、一見、普通のグランドピアノらしい。
だが、そのピアノが奏でるのは、人の言葉、もっと言えば、いわゆる擬態語、擬音語、つまりオノマトペで曲を演奏する。
鍵盤を叩く人が、困っていれば、
「オロオロ」
あわてていれば、
「アタフタ」
その時の演奏者の心理を読み取っているかのようだと言う。
こんなことがあったらしい。
故国の戦乱から逃げ出したピアニストがいた。
『理科室まがった』 # 毎週ショートショートnote
「理科室まがった」をして遊んではいけません。
そんな言い伝えが、僕の小学校にはあった。
ずっと昔、その遊びをした子供たちが消えてしまったという。
それがいつ頃のことで、いなくなった生徒は誰なのか具体的なことは伝わっていない。
それがどんな遊びなのかも、誰も知らない。
「理科室まがった」をして遊んではいけません。
その言葉だけが、半ば冗談まじりで伝えられてきた。
「理科室まがったをしようぜ」
放課
『まだ咲かぬ桜の木の下で』
なぜか、その堤防には一本だけ桜の木がある。
堤防の上の狭い道から数歩、川のほうに下ったところに生えている。
一本だけだから、桜の名所などではない。
春の満開の季節には、時折、親子連れがその下でレジャーシートを広げたりすることもあるが、その程度だ。
あとは、そこをウォーキングやジョギングで通り過ぎる人が、見上げるくらいだろうか。
もちろん、ライトアップなどされるわけもない。
いつからあるのかは、わか
『だんだん高くなるドライブ』 # 毎週ショートショートnote
僕は勇気を出して彼女にプロポーズした。
しかし、彼女はなかなか返事をくれない。
その頃の僕たちのデートと言えば、いつもドライブだった。
食事は毎回、通りすがりのファミレスで済ませた。
僕は少しおしゃれなイタリアンの店に予約をとった。
今日こそ返事を聞けるだろうか。
でも、最後のエスプレッソを飲んでも彼女は何も言わない。
次は、高級な中国料理。
そして、芸能人でもおいそれとは来ることのできない三ツ
『3月11日 14:46』
タクシードライバーの朝は早い。
一昼夜勤務ならそうでもないが、彼の場合は日勤、つまり朝から夕方までの勤務だ。
家を出る時には、大学生の娘はまだ眠っている。
特に、この時期は既に春休みに入っているので、毎日遅くまで起きているようだ。
昨年、奨学金を条件に入学を許した。
許した、そう考えることに何となくやましさを覚えるのだが。
朝食の準備だけして家を出る。
その前に、妻の小さな写真に手を合わせるのが日
『ダウンロードファーストクラス』 # 毎週ショートショートnote
モニターのグラフが水平線になり、ピーと冷たい音が病質に響き渡ると、医者は頭を下げた。
「どういうことなんですか、先生」
彼は泣き腫らした目で、医者に詰め寄った。
「約束が違うじゃないですか。この子は、もっと長生きして、苦労することなく、楽しい人生を送る筈だったんですよ。この子が生まれた時に、お願いしましたよね。この子には、ファーストクラスの人生をダウンロードして下さいと」
「ええ、確かにファースト
『ヘルプ商店街』# 毎週ショートショートnote
ようこそ、ヘルプ商店街へ。
ここに来られたということは、あなたはよほど運のいい人に違いない。
え、俺はそんなに運がよくないぞって?
まあまあ、慌てないでください。
ここは、あなたの人生のお手伝いをする商店街。
望みをかなえるのに必要なアイテムを差し上げます。
こんなシャッター商店街に何ができるのかって?
おや、ちょうどいい。
男がひとり、むこうから歩いてきました。
よほど切実な望みに違いない。