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『黒いワンピース』

何の変哲もない、黒いワンピースだった。
何か飾りがついているわけでもない。
襟や袖口がレースになっているわけでもない。
どうしてこんなものを買ってしまったのだろう。
いつもの店のロゴの入った紙袋から、そのワンピースを目の前に広げてみる。

その店で、顔見知りの店長がいくつか、これからの季節に合うものを紹介してくれていた。
その時に、ふと真っ黒いワンピースが目に止まった。
というよりも、目が合ったと言った方が、その時の感覚に近いかもしれない。
もしかすると、その店に入った時からその視線を感じていたような気もする。
タグを見ても、店長も知らないブランド名だった。
少し大きいかと思ったが試着してみると、ぴったりだった。
だが、家に帰って広げてみると、店での印象とは違い、あまりにも地味すぎた。
姿見の前であてがってみるが、やはり少し大きい。

次の日に、理由を説明して返品した。

その夜、暗い森の中をひとりで歩いていた。
どこから来たのか、気がつくと迷い込んでしまっていたようだ。
空を見上げても、月明かりもない。
遠くの方で、名前も知らない鳥が鳴いている。
夜行性の動物の音がする。
やがて、一本の木の下で足が止まった。
いつの間にか手にしていたロープをその枝にかけた。
輪の中に首を入れてみる。

叫び声に目が覚めた。
枕元の明かりをつけると、壁に黒いワンピースが揺れていた。

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