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『オノマトペピアノ』

不思議なピアノがあると聞いた。
そのピアノは、一見、普通のグランドピアノらしい。
だが、そのピアノが奏でるのは、人の言葉、もっと言えば、いわゆる擬態語、擬音語、つまりオノマトペで曲を演奏する。
鍵盤を叩く人が、困っていれば、
「オロオロ」
あわてていれば、
「アタフタ」
その時の演奏者の心理を読み取っているかのようだと言う。

こんなことがあったらしい。
故国の戦乱から逃げ出したピアニストがいた。
各国を彷徨いながらも、10本の指を守る手袋だけは外さなかった。
ある国で、彼は小さな集まりで演奏を頼まれた。
その時に用意されたのが、このピアノだった。
ビアノの前で、彼がゆっくり手袋をとる。
聴衆がざわめいた。
彼の手に指がなかったのだ。
そう、故国の戦禍の中で、彼はその指を失ってしまったのだった。
彼の涙が鍵盤の上に落ちた。
その時、ビアノは美しい旋律を奏で始めた。
ピアノを弾きたい、彼の気持ちを読み取ったのだ。

もちろん、全てのビアノがこうではない。

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